俺と恋、してみませんか 〜陥落前夜、甘い蜜夜に溺れる〜

書籍情報

俺と恋、してみませんか 〜陥落前夜、甘い蜜夜に溺れる〜


著者:田沢みん
イラスト:藤浪まり
発売日:2022年 7月29日
定価:620円+税

色素の薄く整った顔立ちと大きな胸のせいで、幼い頃から男性にはいやらしい目を向けられ、女性にはやっかまれてきた志保。
そんな彼女の最近の悩みは、社長代行である専務から受けているセクハラだ。
前社長に恩がある志保は逆らうことができず、どんどんセクハラはエスカレートしていき、ついに取引先の社長である蘇我谷にハニートラップをするよう命令されてしまう。
志保は拒否するが、「この契約が取れないと倒産するかもしれない」と脅されてしまい……。
「あいつに……専務にいつもこうされているのか?」
自暴自棄になった志保は蘇我谷に迫るも、彼は何故かショックと怒りに満ちた目を志保に向けてきて――!?

【人物紹介】

香坂志保(こうさか しほ)
真面目で仕事熱心。
美しい容姿のせいで、セクハラの被害者にも関わらず同性からも距離を置かれてしまっている。
社長代行からの脅しで、柊生に色仕掛けをすることになってしまい……!?

蘇我屋柊生(そがや しゅうせい)
高級スーパーを展開する蘇我屋グループの副社長であり御曹司。
以前仕事先で志保を見かけており、一生懸命に働く姿に好感を持っていたのだが……。

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【試し読み】

 一週間後の金曜日は、専務に命じられていた接待の日だった。
「香坂さん、それじゃあ行こうか。今日はよろしく頼むよ」
「はい……」
 就業時間後、私は皆の勘繰るような視線を浴びながら専務と共にオフィスを出る。
 タクシーで向かった先は市内で有名な高級料亭だった。
 普段の接待よりもワンランク上の店を選んでいるところに、専務の並々ならぬ意気込みが感じられる。
 それだけ相手が上客なのだ。
 今日の接待の相手は蘇我谷柊生、三十一歳。
 関東地区を中心に高級スーパー『蘇我屋』を何店舗も展開している蘇我谷グループの御曹司で副社長だ。
 今回『蘇我屋』の中部地区進出にあたり、責任者として名古屋に来ているらしい。
 掛け軸のかかった品のいい個室で正座して待ちながら、専務がチッと舌打ちする。
「まったく人を待たせるとはいいご身分だよな。僕より三歳も歳下のヤツに頭を下げなきゃいけないのか、クソッ、偉そうに」
 接待する側が先に来て待つのは当然だし、まだ顔を合わせてもいないうちから偉そうにも何もないだろうと思いつつ、私は相槌を打つことなく腕時計を見る。
 まだ約束の六時半までには十五分もある。遅刻をしているわけでもない。
 ――それに、蘇我谷さんは悪い人じゃないような気がする。
 じつを言うと、私はたった一度だけ蘇我谷柊生に会ったことがある。
 まだ林社長が元気で入院もしていなかった一年半前、『林商会』が関連業者を招いて商品展示会を開いたときのことだ。
 展示会後のパーティーで招待客に渡すお土産を運んでいた私に、「ご苦労様、よく働くね」と声をかけてくれたのが、彼、蘇我谷柊生だった。
「手伝うよ、どこに運ぶの?」
「いえ、とんでもないです!」
 彼は両手に大量の紙袋をぶら下げていた私から袋をいくつか奪い取ると、「無理しないほうがいい。こんなに重いのを一人じゃ無理だ」と言いながら一緒に歩き出した。
 それどころかテーブルに袋を並べるのまで手伝ってくれたのだ。
 帰りに招待客に手際よく渡せるよう入口のテーブルに袋を並べていたそのとき、私の胸に彼の肘がちょんと当たった。
「おっと、失礼!」
 ほんの一瞬の出来事だったのだが、蘇我谷さんは驚きの表情で私を見ると、「本当に……申し訳ない」そう言って早足でその場を離れて行った。
 たったそれだけのこと。
 けれど私にわざとボディタッチしたりあからさまに胸を見る男性が多いなか、耳まで真っ赤にして申し訳なさそうに去って行った彼のことは、爽やかな印象と共に強く心に残っていたのだ。

「――まあいい、中部地区で展開する新店舗すべてのショッピングカートを受注できれば大きな利益になる。機嫌を取るだけで金を落としてくれるなら頭ぐらい下げるさ」
 そして専務は私の胸元に目をやり、「おい、ブラウスのボタンを一つ外しておけ」と命じてくる。
「えっ」
「胸の谷間をチラつかせるんだ。副社長様のご機嫌取りだよ」
 そのために私を同伴させたのだと言われ、ショックで目の前が暗くなる。
「でも、それは逆に失礼になるのでは……」
 私の言葉に専務はフンと鼻を鳴らした。
「三十一歳の若造なら性欲も旺盛に決まってるだろ。この商談がまとまるかどうかにうちの会社の命運がかかってるんだ!  叔父さんに恩があるんだろ!?  だったらせめてそのデカい胸を使ってサービスしろよ!」
 いきなり恫喝されて息が止まる。
 ――だからわざわざ服装の指定を……。
 下唇をギュッと噛んで感情を殺すと、震える指でボタンを一つ外した。
 そこで間もなく襖が開いて、女将に案内された蘇我谷さんが入ってきた。
 鼻梁の高い整った顔立ちに艶のある黒髪。堂々とした立ち姿は若々しさの中に風格があり、年上の小室専務よりも落ち着いて見える。
「お待たせいたしました」
 彼が百八十センチ以上はある身体を折り曲げてお辞儀すると、途端に専務は笑顔を作り、ペコペコしながら迎え入れる。
 蘇我谷さんは座布団に正座すると、専務の次に私にも「こんばんは」と笑顔を向けてくれた。
 一年半前の印象と変わらず爽やかだ。
「ほら香坂さん、蘇我谷副社長にビールを注いで」
 専務に顎をしゃくりながら言われ、私は蘇我谷さんの隣に移動する。そして専務に命じられるままその場を陣取り、ひたすらお酌役に徹した。
 これでは秘書というよりもコンパニオンだ。
 ――せっかく蘇我谷さんに『よく働くね』って言ってもらえたのに……。
 あの日褒めてもらえた私の今の仕事がこんなことだなんて、軽蔑しているだろうか。
 恥ずかしくて情けなくて泣きたいような気持ちになる。
 けれどこれも会社のためだというのなら精一杯やるしかない。私は必死に笑顔を作りながらビール瓶を傾けていた。

「――それでは契約については他社の見積もりなども検討してから改めてお返事させていただきます。ちょっと失礼」
 会の終盤、見積書をブリーフケースにしまいこむと、蘇我谷さんが洗面所に立った。
 途端に専務が私を見つめ、「あいつを誘惑しろ」と低い声で告げる。
「それはどういう意味ですか?」
「今日ここで契約してくれるかと思ったら反応が鈍い。よそに持って行かれる前にハニートラップを仕掛けるんだ」
 ――えっ!?
 驚く私に専務は廊下のほうを気にしつつ話を続ける。
「あいつはおまえのことをジロジロ見ていたから絶対に興味があるはずだ。ホテルでもおまえの部屋でもどこでもいい。身体でたらしこんで契約まで持ちこめ」
 ――たらしこめって……。
 スリットの入ったスカートを履いて胸の谷間を見せるだけでなく、そのうえそんなことまでさせるというのか。
「そんなの無理です! 私にはできません!」
 ハニートラップという言葉は聞いたことがあるけれど、そんなことを素人の私ができるはずがない。それにそんな姑息な手段で契約を取るなんて、林社長がいたら絶対に許さないと思う。
 けれど続けて専務が告げたのは、とんでもないことだった。
「このままじゃ会社が倒産するかもしれないんだぞ!」
 ――倒産!?
 じつは社長が倒れたあとは会社の経営が悪化しており、新規契約が取れなければ倒産やむなしの状況なのだという。
「そんなことになれば今度こそ社長の心臓が止まるぞ! ほかの会社と契約される前にどうにかするんだ!」
 恩を仇で返すのか、どうせ普段から遊んでるくせに勿体ぶるなと言葉が続き、もう言い返す気力もない。
「寝たあとで写真を撮って脅したっていい。明日は休みでいいから絶対に契約を取ってこいよ、絶対だ!」
 それだけ言い捨てて専務は座敷を出て行った。
 取り残された私はあまりのショックに座布団の上で茫然とするしかない。
 ――結局こうなんだ。
 昔からそう。学生時代は成績がよくても『男の先生に媚びているから』と言われ、女子から距離を置かれた。
 就職すれば早々に太田さんに目をつけられて、『男性社員を誘惑している』、『美人は得だ』と陰口がはじまって。
「得したことなんて一度もないのに……」
 それどころかとうとう本当に身体で仕事をとることになってしまった。
「もう疲れちゃった……」
 どうせこれからもずっと世間からこんなふうに思われて生きていくのだ。
 だったら恩義がある社長を救うために処女を使ってしまえばいい。それで恩返しができるなら本望じゃないか。
 ――どうせ恋することもないだろうから、処女を大切にする必要もない。
 私は決意を固めると、座布団の上で姿勢を正す。大きく深呼吸してから廊下のほうをじっと見つめて待機した。
 しばらくすると静かに襖が開き蘇我谷さんが戻ってきた。彼は立ったまま室内をぐるりと見渡してから私に視線を向ける。
「……小室専務はどちらに?」
「専務は先に帰りました。ここに残ったのは私だけです」
「それは、どういう意味だろうか」
 不審げな顔になる蘇我谷さんを見上げ、私は畳に三つ指をついた。
 これから口にする言葉を思うと緊張で喉がヒクつく。けれど言うしかないのだ。
 私は唾をごくりと飲みこんで、頭をゆっくりと下げた。
「どうぞ私を……ご自由にしてください」
 途端に静寂がおとずれる。
 畳を見つめている私には見えないが、彼は今どんな顔をしているのだろう。軽蔑の眼差しか、蔑みの目か……。
 怖くて恥ずかしくて指先が震える。
 気まずい沈黙が続いたのち、視界に彼のつま先が入ってきた。
「君は自分が何を言っているのかわかっているのか?」
 低いバリトンボイスが問いかける。魅力的なはずの声が今は恐ろしい。
「はい……その代わり、どうか契約をお願いします」
 畳に片膝をついた蘇我谷さんが、私の肩にそっと手を置く。
「あの男に命令されたのか? だったら俺が今すぐ専務に言って……」
「やめてください! 私がそうしたいんです、お願いします!」
 思わず彼の腕にしがみついて懇願していた。
 ここまできたらもう引くわけには行かない。私が躊躇う様子を見せれば、彼はきっと私を残してこの場を去ってしまうだろう。
 専務はあんなふうに言っていたけれど、大企業の御曹司に恋人がいないと思うほうが不自然なのだ。私ごときが迫ったところで相手にされない可能性のほうが圧倒的に高い。
 ――ここでこの人に帰られたらもう終わり。
 この状態で彼を帰せば契約は無理だ。契約どころか今日の出来事が表沙汰になり社長の耳にも入ってしまうかもしれない。
 ――心臓の負担になるようなことは絶対に避けなくては。
 そう考えると彼に縋る手に力がこもる。
「どうしたら契約していただけますか? 私では蘇我谷副社長にご満足いただけないのでしょうか!」
 その勢いに彼は目を見開き、私を腕から引き離すと眉根を寄せた。
「君は、契約のためなら会ったばかりの俺に身体を差し出すと言うのか」
「はい」
 私がハッキリ言い切ると、蘇我谷さんは肩を落としてため息をつく。
「……わかった」
 言うなり強い力で腕を掴まれ立たされる。
 彼の怒りに満ちた顔が近づいて……ぶつけるように唇が重ねられた。
 ――あっ!
 唇を割って肉厚な舌が差しこまれる。それは口内をぐるりと舐めてから器用に私の舌を絡め取っていく。
 私の顔をガッチリと固定したまま、彼は角度を変えつつ執拗に私の口内を攻め続ける。重なる唇の間でペチャッと水っぽい音がした。
 キスをしたのは高校時代、テニス部の先輩の部屋でした一度きりだ。けれどこんなに激しくされたのは、はじめてで。
 頭がぼんやりするのは彼から香るアルコールのせいか、気持ちよさのせいなのか……身体から徐々に力が抜けていく。
 ガクリと膝から崩れ落ちそうになったところで蘇我谷さんに脇から支えられた。
「自分から誘惑してきたくせに腰が抜けたのか? それともこれも俺をたらしこむための初心なフリか」
「そんな!」
「まあいい、お望みどおり抱いてやる」
 グイと手を引かれタクシーに乗せられると、そのまま市内一の高級ホテルに連れこまれた。
 ベッドに腰掛けた蘇我谷さんが、ネクタイを緩めながら私を見上げる。
「自分で脱いで」
「えっ」
「服を脱いで裸になれって言ってるんだ」
 彼の前に立ち尽くしていた私は慌ててシャツのボタンに手をかけるものの、指が震えてはずせない。
「何を今さら演技してるんだ。さっきのあれも……ボタンをわざとはずして谷間をチラつかせていたのも作戦だったんだろう? 姑息だな」
 怒りを孕んだ彼の声にますます狼狽え指が滑る。
 じっと見守る彼の前で、羞恥に耐えてどうにかシャツを脱ぐ。次いでスカートのファスナーを下げると、黒い布地がストンと落ちた。
「……下着もだ」
 ――ああ、やはりこの人も……。
 覚悟して自分で誘ったくせに、ガッカリしている自分がいる。
 あの日爽やかに去っていった蘇我谷さんに勝手に理想を押しつけて期待していたのかもしれない。
 彼だけはほかの男性と違うんじゃないか、私を身体目当てのいやらしい目つきで見たりなんてしない……だなんて。
 ――けれど、これでいい。
 むしろ抱いてもらえなければ困るのだ。私はそのためにここまでついて来たのだから。
 覚悟を決めて下着も脱いで全裸になると、私は一歩前に踏み出した。
「君は……っ!」
 彼に手首を掴んで引っ張られ、仰向けにベッドに押さえこまれる。
 白いシャツの上からでもわかる逞しい二本の腕が、両側から私を囲いこむ。
 じっと見下ろしながら片手で胸を強く鷲掴まれた。
「あっ!」
「あいつに……専務にいつもこうされているのか?」
「違う……っ、あんっ!」
 続けて指の腹で乳首を捏ねられて、鼻にかかった声が出た。こんなことをされるのは、はじめてだ。そしてこんな声を洩らすのも。
「これだけで感じているのか……いやらしいな」
 恥ずかしすぎて、今すぐ消えてしまいたい。首をフルフルと横に振りながら固く目を閉じた。
 胸に生温かい息がかかり身構えた瞬間、先端を強く吸い上げられる。
「ああっ!」
 チューッという音と共に全身に電気が走る。思わず背中をのけぞらせた。舌で乳輪をなぞられると快感でゾワゾワと鳥肌が立つ。
「ここを攻められるのが好きなのか」
「そんな、わからな……っ」
「こっちは?」
 気づくと彼の手が下半身に伸び、まだ誰にも触られたことのない部分に指を滑らせた。
「あまり濡れていないな……」
 上半身を起こした彼に、突然股を大きく開かれる。
 ――えっ、嘘っ!
「やめてください!」
 こんな恥ずかしい格好は耐えられない。思わず目を開け頭を起こすと、彼の鋭い瞳と目が合った。
「今さら何を言ってるんだ。契約のためなら何でもするんだろ?」
「それは……」
 ――そうだった、私は……。
 ギュッと目を閉じ覚悟を決める。
 私が力を抜いたのを認めると、彼の顔が股の間に沈んでいく。直後に割れ目を舌が這い、強い刺激に腰が浮いた。
「やっ、ああっ!」
 ペチャッ、ジュルッと湿度の高い音がして、わけのわからない疼きが生まれはじめる。
 性的な目で見られ続けてきた私は、自分自身ではそういうことから目を逸らし徹底的に避けてきた。知識も経験も不十分だ。
 未知の感覚に不安と戸惑いを感じつつも、どうすることもできない。
「濡れてきたな……」
 そう言いながら身体の奥底から溢れる液を啜られる。彼の唾液と混ざったそれが、トロリとお尻の割れ目を伝っていった。
 きっとシーツに滲みを作っているはずだ。羞恥で顔が熱くなる。
 ――どうして!? 嫌なことをされているはずなのに感じてしまうなんて!
 けれど深く考える前に、今度は敏感な粒を吸い上げられた。強い刺激と共に、その一点が熱を持つ。
「やっ、ああっ!」
 えも言えぬ快感に喉をさらして嬌声をあげる。太ももに力が入り、彼の頭を強く挟みこみながらブルリと震えた。
「イったのか……だったらもう挿れるぞ」
 生まれてはじめての絶頂で朦朧としながらも、私はどうにかコクコクとうなずく。膝立ちになった彼が避妊具を装着すると、直後に陰部に硬いものが押し当てられる。ズンッという衝撃と共に異物が身体の中心を貫いた。
「やっ、ああーーーっ!」
 まるで太い杭を無理やり突き刺されたみたいだ。熱くて痛くてお腹が苦しい。痛みに顔をしかめると、蘇我谷さんがピタリと動きを止めた。
「おい、まさか……」
 駄目だ、ここで中断したら私はもうこれ以上耐えられそうにない。どうにかして満足してもらわなければ。
「大丈夫です、続けてください。お願い、早く!」
 彼の首に腕を回して引き寄せると、自分から勢いよくキスをする。つい先ほどこの人にされたように、夢中で舌を動かした。
「……くそっ!」
 低いうめきが聞こえたあとで、激しく突き上げられ掻き回される。
「ああっ!」
 痛いのか苦しいのか悲しいのか……自分の感情さえわからなくなった私は、朦朧としながら宙に手をのばす。
 空をつかもうとしたそのとき、のばしたその手を彼に捉えられた。
「力を抜いて」
 私を軽蔑しているはずなのに、握った手には優しく指が絡められる。
 その大きさと温かさに安心した私は、彼に与えられる快感をそのまま素直に受け止めた。
「あっ、あぁーーっ!」
 そのうち痛いのか気持ちいいのかもわからなくなり、私はひたすら嬌声をあげながら意識を手放したのだった。

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