同期の彼と犬猿の仲のはずが、実は相思相愛でした。

書籍情報

同期の彼と犬猿の仲のはずが、実は相思相愛でした。


著者:木下杏
イラスト:北沢きょう
発売日:2022年 6月24日
定価:620円+税

営業課で働く葉月一花とシステム開発部で働く瀬名匠は、周囲も認める犬猿の仲。
またもや仕事のことで言い争いになってしまうが、実は原因が一花の持ってきた案件によって発生したトラブルで、瀬名がカバーしてくれたのだと知る。
罪悪感を抱いた一花は案件が片付くまで彼のサポートをすることに決めたのだった。
そんなある日、終電を逃し仮眠室で一夜を明かすことにした一花と瀬名。
しかし、寝ぼけた瀬名が一花の布団に潜り込み、彼女を抱きしめてきて!?
「……葉月」
誰かと間違えているのかと驚く一花だったが、彼が呼んだのは確かに自分の名前だった。
戸惑う一花をよそに大胆な動きになっていく手に、段々と身体が熱を持ち始めてしまい――。

【人物紹介】

葉月一花(はづき いちか)
入社してからずっと営業部に所属しているOL。
瀬名にだけなぜかツンケンした態度を取ってしまう。

瀬名匠(せな たくみ)
システム開発部に所属する葉月の同期でイケメン。
入社当時から一花のことは好みだと思っていたものの、彼女の態度を見て脈なしだと諦めていたのだが……!?

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【試し読み】

 ――がちゃり。
 朝方の眠りが浅くなったタイミングで、近くから聞こえた音に一花はふっと目を覚ました。
 いつもと違った状況のせいなのか、途中も何度か起きてしまっていた。それもあって、扉の開閉音のような音を敏感に拾ってしまったのだ。
(……トイレか)
 ぼんやりとした頭でも、大体の察しはついた。大方、瀬名がトイレにでも行ったのだろう。一花のベッドは扉近くに位置しているので、はっきりと聞こえたようだった。
 トイレは開発部のオフィスを抜け、廊下を出た先にある。瀬名の足音が遠ざかると、部屋には再び静寂が訪れた。十分な睡眠がとれていない一花はまだまだ眠かった。そのまま、夢と現の間を彷徨っているような状態になってウトウトし始める。
 そのまま再度の眠りにおちようとした時、突然、ぎしりとベッドが軋んだ。
 タオルケットの隙間から何かが滑り込む。いきなり、隣に現れた大きな塊が一花を壁際に押しやった。
(……え?)
 その不自然な感触と押されて揺れた身体の違和感で一花ははっと目を覚ました。覚醒したばかりの頭では一体何が起きたのか分からなくて、混乱のまま少しぼんやりしてしまう。しかし、唐突に事態を理解した。
(……もしかして、瀬名?)
 どうやらベッドに誰かが入ってきてそのまま隣に寝ているらしい。後ろから感じる人肌のような温かみと呼吸音に、一花はそう察する。それが誰かと考えれば、当然、思い浮かぶのは瀬名だ。他の人がいきなり登場したと考えるのも怖いので、むしろ彼でなければ困る。
(……あ、そっか)
 瀬名が先ほどトイレに行ったことを何となく覚えていた一花は、戻ってきた際に、寝ぼけて自分が寝ていたところを間違え、こちらのベッドに入ってしまったのではないかと考えた。確か、いつもはこのベッドで寝ていると言っていた。
「ちょ、瀬名」
 元々の一花の習性を考えると、おそらく壁際に寄って寝ていたのだろう。横の少し空いているスペースに無理やり瀬名が割り込み、一花はますます壁際に追いやられた。シングルベッドなので、今やだいぶぎゅうぎゅうだ。壁と瀬名に挟まれた形になった一花はほとんど身動きが取れなくて、首だけを捻って一生懸命そちらを見た。早く瀬名にベッドから出て行ってもらわなければいけない。一花は瀬名を起こそうとしたのだ。
 しかしその時、思いもかけないことが起こった。
 後ろから伸びてきた手がするりと身体にまわったのだ。
(えっ)
 突然の展開に、一花は驚いた。抱き寄せられるようにされて、びくりと身体が強張る。力の強さと男性特有のがっしりした感触、そこにプラスされた温もりがあまりにリアルで一花の鼓動が跳ねた。
 この事態に、どれだけ寝ぼけているんだ、これはシャレにならないと一花は慌てた。
「せ、せなっ」
「……葉月」
 腕から逃れようと身を捩りながら瀬名の名前を呼んだ瞬間、頭の後ろから聞こえてきた声に、一花はぴたりと動きを止めた。
(……今、名前呼んだ!?)
 もしかして、起きてる? 一花はぎくりと身体を硬くしながら、呆然と目を見開く。若干寝ぼけているような声ではあったが、確かに瀬名の声だった。瀬名は確かに一花の名前を呼んだ。しかも、なんだかとても優しいトーンだった。
 ――まるで恋人の名前でも呼んでいるみたいに。
 混乱の渦にいる一花は、その次の瞬間、またびくりと身体を震わせた。
 首の後ろに吐息のようなものを感じたのだ。一花の髪型はレイヤーボブで長さは肩につかないぐらいだ。横になっていることで髪が散らばり、露出した肌部分に何かが触れている。
(待って。におい嗅いでない!?)
 一花は自分を落ち着かせるかのように目を瞬いた。状況を整理すると、一花は瀬名に抱き寄せられて名前を呼ばれ、首のにおいを嗅がれていることになる。その瞬間、爆発したみたいに身体がかっと熱を帯びた。 
 恋人にでも間違えられているのだろうか。いや、麻里は瀬名に彼女はいないと言っていた。それに、はっきりと一花の名前を呼んでいる。ということは、瀬名は相手が一花だとちゃんと認識しているのだ。
(これ絶対起きてるよね!?)
 とても寝ぼけているとは思えない意思を感じられる行動に一花の頭はパニック寸前だった。
 今、自分は瀬名に襲われているということなのだろうか。あの瀬名が? イケメンでモテる彼が、女に困って性欲を持て余すなどということはとても考えられない。一花は同期だし、これからの関係性もある。そこまで見境ないタイプでは絶対ないだろう。
 ということはどういうことなのか。
 一花の許容範囲を超えた展開に頭がついていかない。しかも瀬名の腕の力が思った以上に強くて身動きも取れない。一花がどうしようかとあわあわとしていると、不意に瀬名の手がもぞりと動いた。
「ひゃっ」
 驚いて思わず声が飛び出した。瀬名の手は何かを探すように一花の腹部あたりでもぞもぞしている。
「なに、やめて」
 くすぐったくて、たまらず一花は声を上げた。同時に何とか逃れようと身体を左右に動かす。すると、何をどう思ったのかその手はするりと上に移動した。
「え、うそ。や」
 瀬名の手が動いた先にあったのは、一花の柔らかな膨らみだった。
「むりむりっ」
 一花は必死にもがいた。しかし、瀬名の腕はびくともしない。相変わらずもぞもぞと動いているその手は、ふわふわしたそこに触れると、感触を確かめるように、すり、と優しくそこを撫でた。
「……っ」
 男性に触れられる、そういったシチュエーションにあまりに縁遠くなってしまっていたせいなのか、久しぶりの刺激に、身体がやたらと敏感に反応してしまう。しかも寝る前にホックを外したせいで、ブラが完全に上がってしまっている。つまり、シャツと薄いキャミソールしか隔てるものがない。電気が走ったような感覚が走り抜けて、口から上擦った息が漏れた。
 そんな自分の反応に驚いてしまって、一花は思わず動きを止めて、口元を覆うように手で押さえた。それが余計に瀬名の手に自由を与えてしまったのか、先ほどよりも活発にその手が動き出す。
 実は一花の胸は意外と大きい。しかし体型のせいなのか、服を着ているとあまり目立たず、過去、旅行に一緒に行った友人が脱いだ一花を見て驚くということもあった。そんなボリュームのある胸を探索するかのように、そろりそろりと指先が撫でていく。
 触れられたところが熱を帯び、じわじわと身体が高ぶっていくのがわかった。
 そこで、ようやくはっとした一花は、瀬名の手の動きを何とか止めようと口を開いた。
「瀬名、やめてってば」
 はっきりと拒絶の言葉を口にしようとしたのに、変な息が漏れそうになるのを堪えるあまり、妙に弱弱しい声になってしまう。
 本当は手で叩いてでもやりたかったのだが、いかんせん、一花は腕があまり身動きの取れない状況にいた。壁際方向に横を向いて寝ている状態で、右手は身体に回った瀬名の腕に抑え込まれるような形になっていて、左手は身体とベッドの間に入り込んでしまっている。つまり身体を捩ることしかできなかったが、先ほどから一花が動こうとすると、逃すまいとでもいうかのように瀬名の腕の力が強くなる。
「瀬名、本当に……んっ」
 胸の感触を確かめるように、膨らみのカーブに触れていた指が、ある一点を掠めた時、一花の身体が盛大に跳ねた。
 瀬名が指を動かす度に微妙に布地が擦れて、胸の先端は先ほどから勃ち上がり始めていた。つまり、かなり敏感になっていたのだ。そんなところを爪先が掠っていったのだから、たまったものでなかった。
 しかも、一度では終わらなかった。それを合図にしたかのように、こすこすと指先がその上を行ったり来たりし始めた。
「んぅ……」
 声が漏れそうになって、慌ててそれを噛み殺す。唇をぎゅっと引き結んだ。その間も指先は乳首の上を撫でまわすように動く。
 そうこうしている内に、ぷくりとはっきりと乳首が勃ち上がってしまう。そうなると、まるでそこが目印になってしまったようなものだった。今度はカリカリと爪先で引っ掻くようにされてしまう。
(これだめ……!)
 声を殺すのは、声を出してしまったら感じていると認めてしまうようなものだと思ったからだった。こんな状況で瀬名の意図もわからず、これが愛撫なのかもわからず触れられて感じてしまうなんて、恥ずかしいし悔しかった。だから一花は自分が快楽を拾っていることを認められなかったのだ。
 しかし、これ以上は否定しづらい状況だった。カリカリと執拗に弄られて今や胸の先はじんじんと痺れたように熱くなっている。口を必死に閉じているせいで鼻からの息が荒くなってしまい、顔をベッドに押し付けるようにして隠してはいるが、ふーっふーっと漏れる音がそれを如実に伝えていた。
 決して乱暴な触れ方ではない。けれど、そのソフトタッチが余計に性感を煽った。身体の自由を封じられてじっくりと胸の先だけを集中して苛められる。もしかしてそのシチュエーションが余計にいけないのかもしれない。
 指の腹がぴんと尖ったそこをスリスリと優しく撫でる。偶然なのか故意なのかわからないが、ぐっと時折強く押されると柔らかい肉に乳首がめり込み、するっと指先が移動した瞬間、元の位置に戻る。その時に思い切り布地に先端が擦れて強い刺激に襲われた。身体がびくんと震える。
「……ん、んん」
 しっかり閉じているはずの口から声が漏れてしまい、いよいよこれはまずいと一花は怯えた。声を抑えるのに必死で瀬名を止めるための言葉を発するなんて到底できない状況になってしまっていた。段々と頭がぼうっとし始めている。しかも先ほどから、乳首を擦られる度に、下半身が熱くなるような感覚を覚えていた。
 少しずつ指先の力が増しているような気がする。こすこすと擦るぐらいだったのが、いつの間にかくにくにと捏ねるような刺激の仕方に変わっていた。
(あ……あ、だめ。気持ちいい……!)
 とうとう一花ははっきりとその感覚を認めた。自分でもなんでこんなに感じてしまっているのかは分からなかったが、それは今までのセックスの時の愛撫よりも格段に気持ちが良いような気がした。
(なんで?)
 自分に欲情しそうにない男に押さえ込まれているからだろうか。それはどこか非現実的で。だから思考が段々と現実から剥離していくような感覚を覚える。恐ろしいことに、その指先の動きに夢中になっている自分がいる。いつの間にか、もっともっととーー。
 しかもなんとなく、首筋にかかる瀬名の息も荒さを増しているような気配があった。触れ合っている肌からその熱が伝わる。瀬名の身体もまた熱くなっているような気がした。腰回りには硬い感触が押し当てられているような気も。
 しかし、それについて冷静に分析をする思考はもう一花には存在しなかった。持て余す熱を誤魔化すように、自然と太ももを擦り合わせていた。脚の間がじんじんと熱を帯びるようになってしまっている。
「んっ……」
 鼻にかかった声だった。乳首を横から引っ掻くようにされて、今までで一番身体が跳ねてしまう。続けざまにカリカリと刺激を与えられて、きゅんとお腹の奥が切なく疼いた。
(これ以上は……もう)
 だめだ、と一花はぎゅっと目を閉じた。弄られているのは片側の胸だけなのに、なぜかもう反対の胸の先端もぴんと尖っている。脚の間には更に熱が溜まっていた。
 これ以上されたら、どうにかなってしまう。そんな恐怖があるのに、頭は気持ちよい感覚を必死に追ってしまっている。もう、それしか考えられないほどに。
 いつの間にか一花は身を任せるように目を閉じていた。抗う力は波が引くようになくなり、快楽に流されながらぼんやりしてしまう。
 しかしそうやって少しの時間が経った頃、一花はあることにふと気付いた。
 先ほどまで一花を弄って活発に動いていた瀬名の手が、いつの間にか止まっていることに。
「……え?」
 ぱっと目を開けて暗い空間を見つめる。この部屋は小さな窓が一つあるだけで、しかもそこにはブラインドが下がっているのでほとんど外の光が入ってこない。おそらくもう朝方だろうが、まだまだ室内は暗かった。
 一花は息を潜めて隣の気配を探った。すると、すぐ近くから、とても気持ちよさそうな寝息の音が聞こえてきた。
「……寝てる?」
 思わず、といった具合に声が漏れてしまう。
 まさか、と思った。
(え? 本当に寝てる? ……まさか、いやいや……本当に?)
「せ……瀬名?」
 一花はおそるおそる名前を呼んでみた。少し時間を置くが返事はない。一花はもう一度、瀬名の名前を呼んだ。しかしそれも返事はなかった。聞こえるのはすーすーといった、寝息の音だけ。
 それで一花は瀬名が本当に寝ていることを確信した。
(ええ? もしかして、今までのことも全部寝ぼけてたとか言わないよね?)
 愕然としながら一花は思考を巡らせた。
 確かに、寝ぼけていたと考えると納得のいく部分も多々ある。まず、そもそも瀬名が一花にちょっかいをかけてくるということ自体がおかしい。瀬名の性格と二人の関係性を考慮すれば、ほとんどありえないといっても言い過ぎではないと思う。そんな色っぽい関係なんてなりようがないのだ。
 それに、瀬名がベッドに入ってきてから発した言葉が「葉月」だけだったというのもおかしい。もし万が一、瀬名が一花に欲情してベッドに入ってきたとしても、何かしら言葉で誘導したり懐柔したりするだろう。黙って一方的になんて犯罪めいているし、瀬名の性格上、とりあえずでも同意は得るだろうと思えた。
 寝ぼけていたのに、あんなにいやらしく触れるのかと言えば、ちょっとおかしいと思うところもあるが、もしかしたら何か夢でも見ていたのかもしれない。
 つまり寝ぼけてこちらのベッドに入り、最初は会社の夢でも見ていたのが、段々とエッチな夢に変わった。いや、エッチな夢とも限らない。例えば手先を動かすような、そんな夢だったのかもしれない。
 一花はうーんと考え込んだ。
(そんなことある? でも、寝ぼけてたとしたら、私……)
 ――そんな状態で触れられて感じていたのか。
 そう思い当った途端、かあっと顔が熱くなった。
 別に瀬名はそんなつもりはなかったのだ。ただ、夢に支配されて指先を動かしていただけ。それなのに、勝手に感じて、身体を熱くさせて。
(う、わああ)
 最悪だ、と一花は思った。最高に恥ずかしい。穴があったら入りたい気分だった。
 瀬名の手はいまだ一花の胸元付近にある。端から見れば、まるで彼氏が彼女を後ろから抱き締めて寝ているみたいな、仲睦まじい体勢にあった。
(もおおお! なんなの!?)
 一花は舌打ちでもしそうな顔で、身体の上にのっている瀬名の腕を振り払うべく手を動かした。

 ――ピピピ、ピピピ、ピピピ……
 枕元に置いているスマートフォンから電子音が聞こえてくる。一花が寝る前にセットしたアラームの音だった。
 一花はむっつりした顔で、手を伸ばす。頭のすぐ上に置いていたので、それは手探りで簡単に見つかった。
「……う」
 隣からくぐもった声が聞こえて、一花の身体からようやく腕が退いた。瀬名がやっと体勢を変えたのだ。
 実はあの後、一花は瀬名の腕を押しやろうと頑張ったのだが、なぜか全く動かず、なかなかそれが成功しなかったのだ。しばらく頑張ったのだが一花も疲れてしまって、半ばあきらめの気持ちになったところにアラームをセットした時間がきてしまった。
 一花はため息をつきながらスマホのアラームを止めると、ゆっくりと身体の向きを変えた。
 至近距離から瀬名の顔をじっと見つめる。
(近くで見るとやっぱりイケメンだな)
 今までこんなに間近で瀬名の顔を見たことはなかった。しかも寝顔だ。寝ていると釣り目が隠れていつもよりあどけなく、穏やかに見えて一花は少しだけ新鮮な気持ちになった。
(……いい気なもんだよね)
 人の気も知らずスヤスヤ寝ている顔が腹立たしくて思わずつんと頬を突く。そうしてから表情を窺ったが瀬名に起きる気配はなかった。そのまま続けざまにつんつんしてみる。すると知らずと力が入ってしまい、気付けばぐりぐりと頬を押していた。
 そこまでするとさすがに違和感を覚えたのか、瀬名が眉を顰めた。瞼がぴくぴくと震える。一花がぱっと指を離すと同時に瀬名の目が開いた。
 まだ寝ぼけているのか眠そうに瞬きをすると、いまいち状況がわかっていない顔で確認するように視線を動かす。一花は何も言わずに瀬名の反応を待った。その眼差しが一花を捉えた瞬間、かっと驚きに見開かれた。
「おわっ……なっ」
 まさに飛び上がる勢いで跳ね起きた瀬名は、なんでお前が隣にいるんだと言わんばかりの顔でくせのついた髪をガシガシっと掻いた。それから焦ったように周囲を見回している。おそらく必死に記憶を探りながら状況を把握しようとしているのだろう。なんで自分がここで寝ているのかまったくわかっていない顔をしていた。
(これは覚えていないな……)
 一花はそれを見て、瀬名のベッドに入ってきてからの行動は、やはり寝ぼけてのことだったということを確信した。寝ているのにあんなことをするなんて信じられないけれど、この焦りぶりはとても演技をしているようには見えない。瀬名がこんなに狼狽えているところを一花は初めて見た。
「お、俺……なんで。まさか、間違えた……?」
 ようやく結論に行き着いたのだろう。一花は胸元をタオルケットで押さえながらゆっくりと起き上がった。おそるおそる問いかけられた言葉に、ふん、と皮肉げに笑った。
「うん。多分トイレ行って戻ってきた時。いきなり入ってきてすごくびっくりした」
 瀬名が起きるまで、どう言おうか一花は散々考えていた。もし、瀬名が覚えていなかったら。本当のことを言って責めるべきなのか。
 本当は何してくれてんだ、と問い詰めたい気持ちでいっぱいだった。本当に本当に驚いた。瀬名があんなことをするなんて。今でもどこか信じられない気持ちもある。
 しかし、一花は言わないことにした。思い返せば快楽に負けてけっこう流されてしまった自分がいる。しっかりと感じていた。それは否定できないしそのことを蒸し返したくない。事実だけ言ったとしてもその結果、一花側の反応を想像されるのが嫌だ。つまり、瀬名にはこのまま忘れていてほしい。
 まだ少しジンジンしている乳首とか、今だ身体の奥に燻っている熱とか、濡れて気持ち悪い下着とか、文句の一つも言いたくなることは色々あるが、とにかく、一花はなかったことにすることにした。
「ごめんっ。本当に悪い」
 心底やってしまったという顔で瀬名ががばっと頭を下げた。狭いベッドの上だから瀬名の身体はすぐそばにある。目の前にある後頭部を一花はじっと見つめた。
「……まあ、いいけど」
 言わないと決めたけれど、手放しで許すことができない一花は小さい声でぽつりと返した。二人の間に何とも言えない気まずい空気が漂った。

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