前世生贄だった令嬢は、今世も婚約者に執着 されすぎている
著者:鞠坂小鞠
イラスト:無眠
発売日:2024年 12月27日
定価:630円+税
「愛しています、エステル。だからもう諦めて」
かつて、ダリエ家は悪魔に憑かれていた。
先祖が悪魔と契約した代償で、ダリエ家に生まれた女子は悪魔の生贄にされる――そう伝えられてきたが、ダリエ家の直系の娘・エステルにとってそれは遠い昔の話で、お伽話のようなものだった。
そんなエステルは、大好きな婚約者・イヴォンとの結婚を控え、まさに幸せの絶頂にいた。
唯一の不安は、大伯母に結婚を反対されていることだ。悪魔の生贄として捧げられかけた大伯母いわく、イヴォンの顔は、ダリエ家に巣食っていた悪魔そのものだという……。
半信半疑のエステルだったが、大伯母から授かった鍵に導かれた先で、本当に悪魔を見つけてしまった。
大伯母の言う通り、悪魔の顔は、最愛のイヴォンにそっくりで――……。
【人物紹介】
エステル・ダリエ
悪魔に憑かれたダリエ家の末裔。
両親から蝶よ花よと愛されて育った天真爛漫な女性。
婚約者のイヴォンを心から愛しており、彼との結婚を心待ちにしていたのだが……。
イヴォン・ラガルド
聖職者を多く輩出してきた名門ラガルド家の子息であり、エステルの婚約者。
誰にでも別け隔てなく優しいが、エステルのことは特に慈しんでいる。
エステルの大伯母いわく、ダリエ家に巣食っていた悪魔と瓜二つで……?
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【試し読み】
(どこなの、ここは……)
あれから自分はどうなったのか。吐き気を堪え、エステルは周囲に視線を向ける。
私室に酷似した造りの一室だった。まず南向きの扉窓が目に留まり、次いで家具類――ソファ、テーブル、椅子、鏡台の順に視線が動く。今彼女が横たわっているベッドの位置といい、窓やドアの位置といい、間取りは私室とほぼ同じだ。
ただ、私室では薄く漂う程度だった金粉が、噎せ返るほどに色濃く宙を舞っている。そして窓の外は真っ暗だ。暗いというよりも、黒のインクでも撒いて塗り潰したかのような色に見えた。
――ここは私室ではない。舞っている金粉の量も、さっきまでの比ではない。
色濃く舞う禍々しい金色に、エステルは息をひそめる。この金粉は、単に自分の目に映っているだけであり、なにも本物の粉が舞っているわけではない。頭ではそうと分かっていても、深く吸い込んだらすぐさま悪魔に捕まえられてしまいそうだ。口元を覆う彼女の手に、堪らず力がこもる。
ふと自分の身体に視線を落とすと、いつの間にか衣服が変わっていた。薄桃色の、ゆったりとしたナイトドレスだ。全身の肌も妙にさっぱりしていて、誰かが身体を拭いたり着替えさせてくれたりしたのだろうかと疑問に思う。
この異様な空間で、一体誰が……エステルの背がぞっと震える。
わざわざそんなことをする人物など、思いつく限りではひとりしかいない。
イヴォンだ。〝悪魔がエステルに憑こうとしている〟と両親を騙し、偽のエステルを創り出してまで生家から彼女を引き離した、ダリエ家に巣食う悪魔と同じ顔の婚約者。
十二年もの間慕ってきた相手、しかも若くして名声を誇る聖職者でもある彼が、まさか本当に悪魔だったなんて。両腕で身体を掻き抱き、エステルは膝に力を込める。
(逃げなきゃ……)
ここは危険だ。ベッドから無理やり起き上がり、ふらつく足を叱咤し、エステルはなんとかドアの傍まで駆け寄っていく。
ドアに鍵はかかっていなかった。良かった、と安堵を覚えながら、力の入らない腕で体当たりをするように扉を開け、エステルはその先へ抜ける。
しかし、ドアの先に広がっていた空間を目にしたエステルは、驚愕に身を竦ませてしまう。
「……え?」
同じ部屋だった。
たった今自分が脱出したはずの部屋を、ドアを軸にそのまま反転させたかのよう。ベッドの位置も窓の位置も、ドアを境に、まるで鏡に映したかのごとく正反対だった。
(なに、これ……?)
膝ががくりと折れ、エステルは床に崩れ落ちる。
出られない。もしかしたら窓から逃げられるかもと自分を奮い立たせたくても、一度力の抜けた足ではもう立ち上がることすら難しかった。下着もつけていない薄っぺらなナイトドレス姿で屋外に出るのも、あまりにも心許ない。
そもそも、窓の外が本当に屋外に繋がっているかどうかさえ定かではない。インクを撒いたような黒一色の窓越しを思い返し、エステルは眩暈に身を震わせる。
どうしよう。
ドアの前に座り込んだ彼女が、思わず両手で顔を覆った、そのときだった。
「出られませんよ」
聞き慣れた声が耳を掠め、エステルの肩がぎくりと震える。
顔を上げた彼女の目に、ソファから立ち上がる男の姿が映り込む。ドアを出る前に眺めたソファには誰も座っていなかったのに、とエステルは息を詰めた。
座り込む彼女の傍へ、黒いキャソックをまとったイヴォン――否、悪魔はゆっくりと歩み寄ってくる。
つまるところ自分は、悪魔の手によって、この袋小路めいた空間に閉じ込められたということなのか。
両親は無事だろうか。あの後、偽の自分と一緒に聖院へ向かってくれたなら、聖職者の誰かが異変を見抜いてくれるかも……いや、この男がそこまで見越して彼らを出立させたとしたら、期待はできない。
誰にも助けを求められない。求める手段もない。
座り込んだまま奥歯を噛み締めたエステルは、傍に佇む悪魔をぎろりと睨みつけた。
「……私をどうする気なの」
絞り出した問いかけに、相手はなにも答えなかった。
ただ、無言でエステルの背に手を添えただけだ。放して、とエステルが抵抗しても、悪魔は意に介さない。
「触らないで、いやッ!」
「窓からも逃げられません。窓の先にも同じ部屋が同じように繋がっているだけですし、そちらからドアを抜けても同じことです」
「っ、黙って!」
声を張り上げるたび眩暈が襲いかかってくる。このままでは、元々調子の悪かった身体がますます弱っていくだけだ。
結局、エステルは途中で抵抗そのものを諦めた。
エステルが元いた室内へ戻ることなく、悪魔はエステルを抱え上げてベッドに横たえた。部屋ごと鏡写し状になっているとはいえ、さっきまで横たわっていた隣室のベッドと同じにしか見えない。彼の言葉を信じるなら、どちらのベッドも――あるいは窓の先にもあるという部屋のベッドも、すべて同じ物なのかもしれなかった。
どのみち、ここは悪魔の領域だ。自分の常識が当てはまるような生半可な場所ではない。唇を引き結びながら、エステルは苦々しく考えを巡らせる。
おとなしくしていたら、なにをされるか分かったものではない。横たえられた身体をすぐに起こし、彼女はベッドの上に膝を立てて座り込んだ。
案の定、悪魔は間を置かずベッドに膝を乗せてくる。エステルを拘束したがる男の胸元を、彼女は腕で強く押しのけたが、その手は簡単に絡め取られてしまった。
「……本当に、あと少しだったのに」
指を絡めて囁かれ、エステルははっと目を見開いた。
ベッドに脚を乗せた彼は、エステルに覆い被さるように身を乗り出していた。相手の顔を直視したくないエステルの視界に、迫りくる彼の脚だけが映り込む。
咄嗟に後ずさったエステルをさらに追い詰めるべく、彼はエステルの手から手首、そして腕へと、握り締める箇所を変えていく。しまいには彼女の上体を引き寄せ、ベッドの上に押し倒してしまった。
露出の目立つナイトドレスの胸元を見つめられ、エステルは羞恥に頬を染める。
「エステル。僕を見てください」
「……あ……」
「早く」
強い口調で命じられ、それまで頑なに顔を背けていたエステルは、とうとう観念して真上の彼に目を向けた。
悪魔の元へ自分を導いた金粉の道――今も、室内に色濃く舞っている金粉。それと同じ色の瞳に、瞬く間に囚われる。
イヴォンは本当に悪魔だったのだ。あの棺の中の悪魔と、愛した婚約者であるはずの目の前の悪魔。ふたりが他人の空似などではないことを、今、エステルは心の底から思い知らされていた。
私はいつからこの悪魔に囚われていた?
彼と婚約したときから? それとも、まさか生まれ落ちた瞬間から?
声ひとつあげられなくなったエステルの唇を、悪魔の指がそっと撫でつける。
「エステル。どうして、僕よりもあの子を信じたんですか?」
唇を撫でる悪魔の指は、微かに震えていた。
責めるような視線に捕らわれて身動きが取れなくなったエステルの胸に、それまで以上に強い緊張が走る。返答次第では、乾ききった唇をそのまま爪で引き裂かれてしまいそうで、恐ろしさに息が詰まった。
そもそも、問いかけの意図をうまく汲み取れない。
(……『あの子』って誰のこと?)
誰の話なのか分からず、エステルは黙り込んでしまう。
そんなエステルを見下ろしながら、悪魔はなおも続ける。
「鍵を受け取ったんでしょう?」
「……鍵?」
訊き返してから、エステルははっと両手を見つめ、それきり息を詰める。
あれほど強く握り締めていたはずの黒い鍵は、彼女の手の中にはなかった。鍵の存在ごとすっかり頭から抜け落ちていたことに、エステルは今さら呆然としてしまう。
『この鍵は、あれの身体の一部なのさ』
先日聞いたばかりのメリッサの声が、不意に頭を過ぎる。
エステルに黒い鍵を手渡した人物。皺に包まれたエメラルドグリーンの瞳。ダリエ家から長く忌避されている、ついぞ悪魔に喰われることのなかった最後の生贄。ベッドに横たわる大伯母メリッサの、最後に見た弱々しい姿が、エステルの脳裏に鮮明に蘇る。
彼の言う『あの子』がメリッサを指していると理解したエステルは、ぞくりと背筋を震わせた。
ふと喉元にひんやりとした感触を覚え、咄嗟に指を伸ばすと、細いチェーンに通されたなにかに触れた。形を指でなぞりながら、ああ、あの鍵だ、とエステルは一拍置いてから思い至る。
「こんなものがまだ残っていたなんて……気づけませんでした。あの子が生贄だったことも、この鍵を持ち出して隠していたことも」
淡々と動く悪魔の薄い唇を、エステルはただ凝視する。瞳を見てはいられなかった。
あの子、とはやはりメリッサを指しているらしい。あれほど高齢のメリッサを、幼い子供のように呼ぶなんて……恐怖を覚えずにはいられない。
喉を鳴らしたエステルの真上で、悪魔はなおも譫言のように続ける。
「僕はただ、ふたりで幸せに暮らしたかっただけ……たとえすべてを明かせなくても、今度こそあなたと」
「……っ、なにを、言って……」
「あなたはいつもそう。あのときも、僕よりあれの言うことを信じて僕を裏切った」
ほとんど一方的に続く話の最中、エステルはその不可解さに背を震わせる。
まるで意味が分からない。彼の言う『いつも』も『あのときも』も、一体いつを指しているのか理解が及ばない。独り言じみた、それでいて恨みがましさを感じる呟きの、どれをどこまで真っ当に受け止めるべきかさえ分からない。
いつしか両手で顔を覆っていた悪魔が、くぐもった声で呻く。
「拒まないでさえいてくれれば、それだけで良かったのに」
その言葉を最後に、沈黙が落ちた。
首から下がる鍵におもむろに触れられ、エステルは目を瞠る。ぎりぎり視界に入った黒い鍵が、彼の指に撫でつけられた瞬間、禍々しい金色に輝き始めたからだ。
ぼうっと光を湛える程度だった輝きは見る間に増し、ほどなくして、鍵は空中を漂う金粉と同じ色に完全に塗り替えられてしまった。
「……な……」
言葉もなく、エステルは呆然と真上の悪魔に目を向け直す。
ふ、ふ、と息を浅くして口元を押さえる彼の指の隙間から、ひと筋、とろりと液体が垂れ落ちる。
「……美味しそう……」
蕩けた声でそう漏らした悪魔の口から零れるそれは、涎だった。
それをエステルが理解したと同時、悪魔は大きく身を屈め、彼女の喉に唇を這わせた。
「っ、ひ……」
灼けるような痛みが一瞬だけ走り、エステルは恐怖のあまり身を竦ませる。
噛まれたわりには痛みが続かない。だが、痛みの有無よりも〝噛まれた〟という事実にこそ追い詰められたエステルの身体は、ガタガタと震えが止まらなくなってしまう。
熱っぽい吐息を落としてエステルの喉から唇を離した相手と目が合った。涎に濡れた唇の、わずかに開いたその隙間から、鋭く尖った犬歯が見えた。
まるで牙のような――ぞっとした。
そんなもの、イヴォンの口にはなかったはずなのに。
(イヴォンは、本当に悪魔だったんだわ……)
触れてくる指を跳ねのけることすらできなくなったエステルは、すっかり恐怖に呑み込まれていた。
どうしよう、このままでは本当に喰われる、怖い、誰か助けて……強い感情が綯い交ぜになって身体を巡る。直前までは言葉や態度で拒絶できていたのに、身も心も恐怖に包まれた今、エステルの身体はもうエステルの意思の下ではまともに動かなかった。
静かになったエステルに覆い被さった悪魔は、彼女の背とベッドの隙間に腕を滑り込ませ、宥めるようにしてエステルを抱き締める。
一方のエステルは、噛まれたばかりの喉を長い指で撫でつけられ、首を絞められるのか、あるいは喉を潰されるのかと、ますます萎縮してしまう。
「はぁ、……エステル……」
金色の目を蜂蜜のように蕩かせながら、悪魔は完全に陶酔していた。
喉に再び唇を寄せられ、このまま噛みちぎられるのかもしれないと、エステルは歯を食いしばって恐怖に耐える。
だが、彼女の喉を這うのは、いつまで経ってもやわらかな唇の感触だけだった。ちゅ、ちゅ、と音を立てて吸われた後、同じ場所をざらついたなにかが掠め、エステルは反射的に身をよじる。
さっき噛まれた場所を、まるで慰めるように這ったのは――その正体に気づくや否や、エステルの唇から浅い吐息が漏れた。
(なに、今の……舌?)
なぜか腰が浮く。吸われ、舐められ、また吸われ……そんな所作を繰り返されているうち、彼女の全身はじりじりと震え始める。悪魔の唾液が立てる生々しい水音が、おかしなほど耳の奥に焼きついて残る。
おかしい。喉が熱い。
噛みつかれる恐怖はまったく消えていないのに、得体の知れない甘い震えが止まらない。恐怖ではない別の感情に、今にも呑み込まれてしまいそうで、エステルは大きく目を瞠った。
そんな彼女の震えごと包み込むかのように、悪魔はエステルの耳元で恍惚と囁く。
「……甘い……」
「ッ、う、……ぁ、」
「食べたい、……あなたの魂、ずっと食べたがってたんです、でも、」
――人の身だと、方法はこれしかなさそうだ。
蕩けた金色の双眸に見下ろされながら、エステルは目を霞ませた。
真上から彼女を拘束する悪魔の口元から、ぽたりとまた雫が落ちる。ナイトドレスの胸元を濡らしたそれは、やはり彼の涎だ。食べたいから涎を零しているのだと理解したエステルは、恐怖のあまり、とうとう瞬きひとつできなくなる。
浅い呼吸を繰り返す男の口元から目が離せない。食べる方法――告げられた言葉を反芻しようにも、間を置かず肌をなぞられたせいで、エステルの思考は見る間に掻き消えてしまう。
気づいたときにはすでに、悪魔の唇はエステルの鎖骨を辿っていた。
露出した肌を吸われ、舐められ、また吸われる。喉への触れ方と同じだ。彼の舌が這った場所から、肌が異様な熱を持ち始めるのも同じだった。
「い、いやっ、放して……ッ!」
必死に絞り出したエステルの声は、すっかり震えきっていた。
抵抗したくても力が入らない。結局は子供がいやいやをするときのような、ただ首を横に振るだけの拒絶で終わってしまう。
エステルの鎖骨から唇を離した悪魔は、彼女の上体を抱き起こし、ドレスの肩紐を指でなぞった。鎖骨の下に舌を這わされ、エステルの喉から悲鳴じみた声が零れる。
「あっ、……あ、ぁ、」
漏れる声を止めたくても止まらない。
完全に脱がされたわけではないナイトドレスは、エステルの肌をまだ隠し続けている。鎖骨や肩以外は布越しに撫でられているだけだ。それなのに、エステルの口からはおかしなほど甘い声が漏れてしまう。
喉、鎖骨、そして胸の膨らみ。唇を這わされた場所が熱くて堪らない。ひくひくと腰を浮かせ、エステルは目尻に涙を浮かべる。
そんな彼女の耳元で、悪魔は声を震わせながら囁いた。
「エステル、……ごめんなさい、でももう食べたい……」
乞い願うような、それでいて有無を言わせぬ口ぶりだった。ぴりりと痛みが走るほど強く、エステルは唇を噛み締める。
悪魔は、本当はこの魂を食べたがっている。
けれどそれは、今の彼――人の身では叶わないという。
『人の身だと、方法はこれしかなさそうだ』
つまり、この男が食べたくて我慢できずにいるものは。
「……いや……」
イヴォンに捧げるはずだった純潔を、イヴォンと同じ顔をしたこの悪魔に捧げなければならないなんて……涙交じりの細い声が、エステルの口端から漏れる。
エステルの精一杯の拒絶に気を悪くしたのか、悪魔は強引に彼女の腕を引いた。起こされたばかりの上体を締めつけるように背を掻き抱かれ、肌と肌が密着する感触に、エステルはまたも全身を震わせる。
その切ない反応は、決して恐怖によるものだけではなかった。
おかしい。どうにかなってしまいそうだ。あん、と思わず蕩けた声を漏らしてしまってから、エステルは強烈な羞恥に襲われた。
イヴォンと同じ顔、同じ声、同じ体温。それなのに、目の前の男は、自分がよく知る婚約者ではなく悪魔だという。
いっそ、ひと目で人外だと分かる恐ろしい形相をしていてくれれば良かった。それならきっと全身全霊を込めて抵抗できた。たとえその抵抗が、おぞましい悪魔にとっては碌に意味を成さないとしても。
愛する恋人の顔をした悪魔だなんて、どうしたって拒む覚悟が揺らいでしまう。
(どうすればいいの、……どうすれば、)
牙を生やし、目を金色に光らせ、肌に舌を這わせてきては熱に溺れさせ……一体、イヴォンはいつから悪魔にすり代わってしまったのだろう。あるいは、彼は最初から悪魔だったのだろうか。人間の、それも悪魔祓いの聖職者の皮を被って、ダリエ家の娘である自分に近づいたのだとしたら。
考えはまとまらない。まとまらないまま、身体の内側にこもる熱がひたすら温度を上げていく。
肌を守るには心許ない薄いドレスの肩紐を、彼の指がとうとう外しにかかる。指で肩を辿られるだけでも息が上がってならないのに、見る間に胸が晒され、エステルは強烈な眩暈に襲われた。
胸の先端は、左右どちらも硬く尖っていた。頬が痛むほど熱くなる。
見ないで、と細く呻いたエステルの願いを聞き届けるかのように、彼はエステルの腰を抱き上げて反転させ、今度は後ろから彼女を抱き締めた。
「あんッ!」
背後から回ってきた指に胸の尖りを弾かれ、エステルは背を反らせて喘ぐ。
左右の肩紐が外れたナイトドレスは、膝を曲げてベッドに座り込むエステルの腰に、頼りなくたわんでまとわりついている。その衣擦れの感触すらも、過敏になった肌を甘く撫でつけ、彼女の感覚を一層狂わせていく。
座ったきりで脚を開かされ、司祭服をきっちりと着込んだままの彼の脚に押さえ込まれてしまう。切なく震える秘密の入り口が空気に触れ、堪らず身悶えたエステルの耳元に、蕩けた声が届いた。
「見てください、エステル」