虐げられ令嬢は不埒な公爵様の執愛から逃れられない
著者:桜旗とうか
イラスト:氷堂れん
発売日:2024年 12月27日
定価:630円+税
没落寸前のフリューゲル子爵家の末娘・グレイスは、姉たちと比べ平凡というだけで、家族から使用人以下の存在として扱われている。
ある日、女性関係の噂が絶えないリーゼンバーグ公爵が縁談相手を探しているという話を仕入れてきた父は、グレイスに「身体を使ってでもリーゼンバーグ公爵との縁談を掴んでこい」と命令する。
父には逆らえないグレイスは、命令通りリーゼンバーグ公爵家を訪れたのだが、お金目的だと早速見抜かれてしまい……!?
「俺に抱かれればいい。一晩につき金貨一枚。……やり方次第では色をつけてやる」
婚約者ではなく愛人兼使用人としてリーゼンバーグ公爵の元に残る事になったグレイス。
家族のためにと割り切った行為のはずが、グレイスに触れる公爵の手は優しく、次第にグレイスは惹かれていって――?
【人物紹介】
グレイス・フリューゲル
フリューゲル子爵家の3女。
姉妹で唯一茶髪かつ姉たちと比べると平凡な容姿のため、家族から使用人のように扱われている。
長年の家族からの扱いのせいではっきり意見を言うことが苦手だが、意志の強いところがある。
大きい胸がコンプレックス。
ファルード・リーゼンバーグ
現国王の従兄弟で王位継承権第二位という立場だが、女性関係の噂が絶えない遊び人だと言われている。
使用人たちからの信頼は厚い。
忘れられない女性がおり、彼女から買った花をピアスに加工して常に身につけているが――?
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【試し読み】
ゆっくりと部屋を見回す。広い寝室には見たこともないデザインの調度が置かれている。精緻な銀細工が施されたチェスト。上等なソファには金銀の糸で刺繍をされたクッションが三つ載っている。触るのも怖くて遠目で見るに留めているが、金糸の刺繍なんていったいどれほどの値段になるだろう。カーテンは透け感の美しいレースが引かれていて、朝日が差し込むときれいだろうなと思った。このカーテンもきっと、特注品。
ベッドの足元にはラグが敷かれていて、踏むことさえ躊躇われるほどだった。美しく描かれた青いバラがそうさせたのかもしれない。ベッドは天蓋付きのキングサイズ。フレームに細工があしらわれていて、金額を想像するのも怖かった。
「待たせたな」
一人で心細くなっていると、部屋に声が響いてびっくりした。身を固めて声の主を探す。
「公爵様……」
慌てて居住まいを正して頭を下げた。彼がベッドに腰をかけると、手を伸ばして私の顎を掬う。顔を上げさせられると、しっかりと目が合った。この人の瞳からは、なんの感情も読み取れない。口元だけが笑みを浮かべていて、楽しげには見えるけれど。
「いちいち頭を下げなくていい」
「申し訳ございません……」
「謝罪もいらない」
柔らかい話し口ではあるが、反論を許さないと言いたげな音が声音に混ざっている。これが、良家の格というものなのだろうか。それとも、彼が意図的に備えた技術……?
いずれにしても、この人が王者の血統を汲むことに間違いはない。
「最初に言っておく。俺は君に過剰な情はかけない。俺の機嫌を精一杯取ることだ。代わりはいくらでもいるし、俺は俺の欲を満たすために手心を加える良心もない」
今日は膳立てをしてもらえたが、次はそうもいかないだろう。彼の興味を自分自身で引けるようにならなければ。
「最善を尽くします、公爵様」
「その呼び方、やめろ。君の立場で俺を呼ぶなら旦那様か、名前で呼ばせてやろうか?」
くっと喉の奥で笑う。これは癖だろうか。他人に不快感を与え、彼自身は愉悦に浸っているような、あまり快い感情を持てない仕草だ。
彼の言葉を胸中で反芻し、首を横に振った。
「旦那様と……呼ばせていただきます」
「それは残念だ」
リーゼンバーグ公爵家は、先代当主が早逝したので交代が早かった。嫡子ファルード様は十五歳という若さで家を継いでいる。その若き当主を支えたのが従兄である現在の国王だ。そんな縁もあって、彼らは互いを信頼し合い、頼りにしていると聞いたことがある。
王の直系で、継承権第二位を持つ彼を名前で呼べる人間など、国王以外でいるはずがない。目を合わせることもはばかられて、視線を逸らした。
「俺から逃げてばかりいないで、擦り寄る真似くらいはしたほうがいいんじゃないか?」
「擦り、寄る……?」
「俺は君に歩み寄る態度は示した。その先は君次第だ。……いいのか? 悠長にしていたら、気が変わって部屋を出ていくかもしれないぞ」
唇をぎゅっと噛んだ。そうだった。私は彼に与えられる機会をふいにすることはできない。公爵にとって、相手を替えることなど服を替えることと大差ないはずだ。だけど、私には経験がない。人と接することそのものにも不慣れなのに、男性をその気にさせるなんてできるだろうか。
わずかに躊躇うと、彼の手が顔から離れた。焦って、咄嗟にその手を掴む。
「あの……旦那様……」
なにを言えば引き留められるかわからない。目を泳がせながら、どうしようと彼の手をぎゅっと握っていると、突然肩を掴まれてベッドに押し倒された。
「……あ、あの……?」
「そういうの、悪くないな」
仰向けに倒された私を、公爵がじっと見下ろしてくる。まるで、獲物を捕まえる獣のような目で見られて、居心地がとても悪かった。
「力を抜いてじっとしていろ」
緊張にごくりと喉を上下させる。彼の手が首元に触れ、ゆっくり滑っていく。鎖骨のあたりを撫でて、胸の膨らみに手がかかったとき、彼はわずかに目を見開いた。
「……へぇ……」
言葉ひとつ発せずにいる私にかまう様子もなく、一人で納得をしているようだ。
なにか気に入らなかっただろうか。それともおかしかっただろうか。不安ばかりが募っていくが、なくなってしまったかのように声が出ない。
「……花売りの仕事を勧められたことは?」
するりと胸元の紐が解かれた。大きく前がはだけて反射的に掻き合わせようとしたが、公爵の手に両手を掴まれてしまう。
「あ……あります。でも……お花は売れなくて……」
「それは意外だ」
意味ありげに彼が微笑む。色を増す声音に、身体が奥から震え出しそうだ。
「そう……ですか……? 時間が経って、切り花も萎れたので仕方なかったですが……」
「切り花……ねぇ……」
両手をベッドに押しつけて体重がかけられ、鼻先が触れ合うほど顔が近づいた。
「……花を買う男が求めているものは切り花じゃない」
「え……?」
「花売りの仕事は、その身を売ることだ。……こんなふうに、な」
着ていたネグリジェが乱暴に腰元まで引き下ろされる。外気に肌が触れる寒さよりも、強烈な羞恥が襲う。身体を隠そうと手を動かしても、力で公爵に敵うはずがなかった。両手を易々と束ねられ、頭上で押さえつけられる。
「売れなくてよかったな? 君がそんなことになっていたら俺は……」
彼の口の端が意地悪く持ち上がった。
花売りは、子爵家の現状をどうにかしたくて仕事を探していたときに見つけた仕事だった。花を売れば、一本で銅貨一枚は保証されたので空き時間にぴったりだと思って試してみたのだ。でも、身を売る仕事だなんて知らなかったし、聞いてもいなかった。
「もしも花売りとして買われていたら、旦那様はこの場から去られましたか……?」
思わず聞いてしまったことを後悔した。公爵がどんな態度を取ろうと、私がなにかを言えるはずがなかったからだ。それなのに、彼の心の内を知ろうとしてしまった。叱りつけられるかもしれない。殴られることだってあり得る。考えたら怖くなった。けれど。
「まさか。貞淑に興味はない。俺が節操なしの放蕩貴族だってわかっているだろう?」
優しく、だからここにいるのだろう、と彼の声が零れる。
「それは……」
「いいさ。君がどう思おうと関係ないからな」
ふと目を細め、吐き捨てられた声になぜか胸が締めつけられる。その理由を考えようとしたが、それよりも早く彼の手が乱暴に胸を揉みしだいた。
「っあ……」
「なにか感じるなら思うまま声を上げればいい。なにも感じなくても、俺の知ったことじゃないが」
冷酷に微笑んで、彼が首筋に顔を伏せる。ぬめった感触が這って、ぞわぞわとした感覚に身体が震えた。寒気……とは少し違う。
「ん……っ」
肌に柔らかく口づけられ、少しずつ彼の熱が下っていく。首筋から鎖骨へ。そこから大きく膨らむ乳房を楽しむように食んだ。
「ずいぶん細いな」
ネグリジェを邪魔そうに引き剥がされる。そうしてあらわになった私の身体を見て、彼は眉をひそめた。見栄えのする身体ではないだろう。公爵の反応は真っ当なものだ。
「申し訳――」
「謝罪はいらないと言ったはずだ。それに、これだけあれば充分だ」
ふっと胸先に息を吹きかけられる。わずかに身震いすると、それに気をよくしたのか、頂の飾りを口に含んだ。
「っん……あっ……」
舌先で転がされて刺激されるたびに背筋をなにかが這い上がってくる。ぞわぞわとした悪寒のような感覚。
「感度も悪くなさそうだな。……意外と……」
一人で納得したようにくすくすと笑いながら、彼が胸の先端にしゃぶりつく。ちゅっ、ちゅぱっといやらしく音を立てられ、耳を塞ぎたくなった。
「んあっ……、あ、あっ……」
逃げ出したいほど恥ずかしいのに、勝手に腰が浮き上がって彼の身体に自ら押しつけてしまう私を、彼は嘲るような、ただ微笑むような、判断のつかない顔で見つめてくる。
「こういったことは好きか?」
彼の手が脚を左右に大きく開くと、その間に身体を滑り込ませて強く腰を抱き込む。
「だ、旦那様……、っ……」
脚の間の秘された場所に彼の身体が密着すると、擦るように揺すり上げられた。
「あ、あっん……っ」
「質問に答えろ、グレイス」
恍惚とした熱を帯びる声が、唇が触れ合いそうな距離で落とされる。彼の顔を直視できなくて、ぎゅっと目を瞑った。
「聞こえなかったか? 俺は、何度も同じことは言わない」
胸先をきゅっと摘まみ上げられると、背筋に痺れるような感覚が走った。
「っあ、ああ……、っん……、わ、わかりません……」
「そんなに甘い声を出しておいて、わからないのか」
また彼が胸先に口を寄せる。ちゅるりと口内に含んで吸い上げられると耐えきれない感覚が背筋を這い上がった。
「んっふ……あ、あっん……」
「その感覚は強い快感に変わる。そのときが楽しみだな、グレイス」
ショーツに手がかけられ、するりと引き下ろされる。咄嗟に掴もうとしたが、それよりも早く脱がされてしまった。身体を隠すものがなにもないのは心細い。これからなにをされるのかも、うまく理解できなくて不安だ。
縋るように公爵を見つめると、彼はふっと表情を緩めた。けれど、優しい顔ではない。
「……いまは、強制的な快楽を」
酷薄な微笑を浮かべ、身体をずらした。脚を左右に大きく開かされ、一瞬の躊躇もなく彼が秘所に顔を埋める。
「旦那様……、っあ、あ……!」
肉芽を食まれ、吸い上げられた。それだけで両脚がガクガクと震え出す。ちゅっちゅっと何度も繰り返し吸われると芯がじんじんと熱を帯びて下腹部を甘く疼かせた。
「んあぁっ……あ、んっぅ……」
「……よさそうだな」
一番敏感な場所をねっとりと舐め上げられる。刺激され、硬く膨らんだ芽はより強く快感を捕らえ続けた。ぬちぬちと音を立てながら、ときおりジュッと蜜を啜る音が響く。
「っあ……旦那、様……や、あっ……」
「嫌ならやめてもいい。……困らないのか?」
ぴくりと指が震えた。私は、彼との秘め事を楽しんでいるわけではない。思った以上に優しく触れてくれるから勘違いをしそうになるが、彼にとってこの行為は作業でしかないのだ。しかも、事が済めば彼から代金を受け取るだけの関係。気分ひとつでいつでも終了を告げられるものだということを、忘れていた。
「……旦那様……、やめないで、ください……」
消えてしまいそうな声しか出なかった。けれど、彼の耳にはしっかりと届いたようで、先ほどよりずっと上機嫌になる。
「それでいい。そうやって俺を求めていれば悪いようにはしない」
きつく唇を噛んだ。いまの私にできることは、公爵の機嫌を損ねないことだけ。ここにいる限り、充分な給金が保証されるのだ。そのお金さえあれば――。
「……っ! あ、んっあ、ああっ……」
ちゅうぅっと強く肉芽が吸い上げられて思考が中断する。わずかに腰が浮き上がると、がっちりと固定するように掴まれて快感が逃げ場を失った。
「ひ、ぁ……あ、あっんっふ……」
「俺以外のことを考えるのは、面白くないな」
秘部に深く口づけるように蜜孔から舌を差し込まれる。ぬちゅ、ぬちと音を立てながら異物が侵入してくる感覚に身震いした。
「は……、あ……んっ……、旦那様……、申し訳……」
「また俺に同じことを言わせるつもりか?」
言葉を呑み込む。謝罪をしてはいけない。でも、子爵家ではそれが当たり前だったから、考えるより先に口を突いてしまう。彼の機嫌を損ねてはいけない。損ねそうになったとしても謝罪をしてはいけない。この二つを両立するのは、私にはとても難しいことだ。
ならばと思って口を手で押さえた。
ちらりと公爵が視線を向けてくる。そして、嘲笑うように口元を綻ばせた。
「好きにしろ」
それだけを呟いて、彼がまた脚の間に顔を埋める。じゅるっと蜜を啜り、花弁を食んでしゃぶった。それだけなら鈍い感覚を与えられるだけなので彼の機嫌を損ねることはなさそうなのに、気まぐれな舌は不意に肉芽に絡んでくる。
「んっぅ……、あ、あっ……」
指をきつく噛んだ。押さえようとしても声が漏れる。強い快感を拒みたくなってしまう。でもそれはきっと、彼の不興を買うからなんとかして押さえないといけない。
「君はここが好きそうだ。……その手、離してもらうぞ」
「え……」
一度芯を甘く噛まれた。
「っひ、あ……あ、っ……」
きゅうっと下腹部が強く蠢く。痛みなのか、快感なのか判断がつかないうちに、彼が唇で優しく扱き始めた。
「んあ……、あっ……んっ、ふ……」
緩やかな快楽が腹の深い場所から広がっていく。じくじくと痛むような、燃えるように熱いような不思議な感覚だ。
大きく喘がないよう精一杯口を押さえていたが、これなら我慢できるかもしれない。
ふうっと息を吐いた。その直後、肉芽がいままでで一番強く吸い上げられた。
「ひゃっ、あ、あ……んあぁっ……!」
反射的に彼の頭に手をかけ、引き剥がそうと押し返す。けれど、吸いついて離れてくれる様子もなく、両手で力一杯押さえた。
「あぁっ……、あっ、旦那、様……んあぁっ……」
手を掴まれ、指先をきゅっと握られる。それだけで抵抗する意志さえも奪われてしまった。彼の手はとても温かくて優しさを感じてしまう。そんなこと、あるわけがないのに。
「痛くないだろう……?」
甘い声に、自然と頷いていた。強く吸われたけれど、痛くはない。身体を熱く火照らせて、耐えがたい疼きを残すばかりだ。
「はい……、痛くは……」
掠れた声で返事をした。彼が一度吐息混じりに笑みを零し、再び肉芽を舌で絡め取る。
「んあぁっ……、あ、っは……んっぅ……」
足先がびくりと跳ね上がった。ちゅっ、ちゅぅっと吸われて刺激されるたびに身体が熱くなっていく。背筋から這い上がってくる痺れた感覚に思考が溶かされてしまいそうだ。
「ずいぶん膨らんできたな。弾けそうだ」
ちろちろと敏感な果実がくすぐられる。じわじわと熱を灯すように、痛みにも似た刺激が足先からヒリヒリと這い上がってきて、彼の手をきつく握り返した。
「っは……ん……っ、あ、あっ……旦那様……、あっ、ふ……」
「もっと俺を求めればいい。グレイス、もっと……」
指を絡めて繋がれると、彼のほうからもきつく手を握られる。
ぬちぬちと粘った音を立てられながら愛撫され、羞恥と快楽に頭を左右に振った。
「あっんん……、あっ、あぁっ……」
腰が勝手に揺らめく。秘部を自ら押し当てると、彼は思いのほかうれしそうに笑った。
「グレイス、そのまま快感に身を委ねてしまえ」
「え……」
じゅるっと蜜を啜られ、耳を塞ぎたくなる。けれど、指先と舌で肉芽を弄ばれるとなにもかもがどうでもよくなってしまった。
「あっ、あ、ああっ……んあっ……、は、んっ……」
秘裂を舌でなぞられ、芯に絡みつく。誘うようにひくつく花弁にむしゃぶりつかれて腰が淫らに揺らめいた。
「旦那様……、恥ずかし……あ、んあぁっ……」
彼の指先が敏感な膨らみをくにくにと捏ねた。足先が浮き上がり、びくびく震えると、彼の手が膝裏に入れられ、さらに大きく左右に開かれた。
「はぁ……、グレイス……」
熱に浮かされたように、彼の声が私の名前を呼ぶ。それだけで満たされた気持ちになるのはなぜだろうか。
ちゅうっと執拗に花芯を吸われ、下肢が自分のものでなくなっていくような気がする。鈍く熱を籠もらせる身体が少しずつ快感を捉え始めて、彼が再びきつく芽を吸った瞬間、強烈な感覚が全身を駆け巡った。
「っ……あ……、あ、あっんっ……あ、は……ああっ……!」
身体が大きく仰け反る。不自然にくねり、激しく全身が跳ね上がった。
「んあ、っふ……あ、ああ……あっ!」
身悶えながら迫り来る大きな衝動に抗いきれず、流されるように絶頂へ上り詰める。
「っん……!」
どくっと鼓動が跳ねたかと思うと、目の前でなにかが弾けて全身が弛緩した。何度も吸いついて繰り返される愛撫に、身体がビクビクと震えて跳ねる。緩やかに与えられていた刺激が、いまは針に刺されるような強いものへ変わり、逃げだそうと身をよじった。
「旦那、さま……、なにが……」
「イッただけだ。……快感を極めた、と言ったほうが伝わるか?」
呼吸を荒らげながら、ぼうっとする思考で天井をなにともなく見つめる。言葉はもちろんわかったが、感覚はよくわからない。
「いまのはよかった……。君の声は悪くない。俺の好きな声だ」
ようやく彼が顔を離した。乱暴に口元を袖で拭ったあと、顔の横に手を突かれる。
「好きな……?」
彼に視線を向けたが、視界が滲んでよく見えない。でも、彼が頷いたのがわかった。
「甲高いばかりの声よりずっと……喘がせたくなる」
きっと、快楽主義な生き方に忠実なだけなのだろう。彼の好みの一端にかかっただけ。だけど、私の声は家では疎まれてきた。口を閉じろと何度言われただろう。
「……こんな声でも……いいんですか……?」
「いいもなにも……」
公爵が顔を上げたことだけはわかった。でも、どんな顔をしているのかは見えない。喉から漏れそうになる嗚咽を何度も飲み込んでいると、彼の指先に目元を拭われた。
「泣くほどのことを言ったつもりはない。なにが悲しかった?」
首を横に振る。なにも悲しくはなかった。うれしかっただけだ。でもそんなことを言ったら、彼を困らせてしまう。怒られるかもしれない。だから何度も首を横に振り続けた。
「自分の声が嫌いか、グレイス」
「好き……ではありません……」
小鳥が囀るような、かわいらしい声だったらと何度思ったかしれない。低く、少し掠れてしまうこの声は耳障りなのだそうだ。
「声のことに触れられるのは嫌か?」
「……そうではなくて……、旦那様がお嫌かもしれないと……」
「俺がその声を褒めたことをもう忘れた……、……いや。なるほどな……」
質問を投げかけようとして、彼はすぐに一人で納得して答えを出してしまった。
「グレイス。なにも心配しなくていい」
目をしばたたかせた。彼の言葉の意味がうまく理解できなかったからだ。けれど、そんなことは意にも介さず、公爵は着ているものを脱ぎ去った。
その身体は、精巧な彫刻のようだ。広い稜線も厚い胸板も、見ることをはばかられるはずなのに視線が外せなくなる。鍛えられて引き締まった腹筋や顔の横に突かれた腕も、私とは別の生き物のようだ。逞しく、しなやかな獣を思わせる。
「力を抜いていろ」
「……? は、はい……」
そう言われて簡単に脱力できるはずがない。ドキドキと鼓動が早鐘を打つ中、なんとか力を抜こうと深呼吸する。
彼の手が腰を掴むと、蜜口に硬いものが押し当てられた。熱くて、灼けてしまいそうなほどの欲望に目を見開く。
「君の不安がここにあるなら、それを取り除いてやる」
はっと息を呑んだ。彼は――。