エリート年上弁護士の10年越しのプロポーズ

書籍情報

エリート年上弁護士の10年越しのプロポーズ


著者:戸瀬つぐみ
イラスト:カトーナオ
発売日:2023年 7月28日
定価:630円+税

家具メーカー「入江産業」で秘書として働いている紗英は、
新しく顧問となった弁護士との顔合わせの席に現れた男性の姿に驚く。なんと、十年前の思い出の人である律だったのだから。
業務をこなしながらも、つい律のことを考えてしまう紗英。
そんな中、律をお見送りすることになり紗英は彼と二人きりに……。
「俺は忘れないよ。忘れるはずないだろう?」
複雑な感情を抱える紗英だったが、律からなんと私用の電話番号を渡され――!?

【人物紹介】

今野紗英(こんの さえ)
家具メーカー勤務で社長秘書の26歳。
臆病なところがありどちらかといえば静かだが、暗くはない。

宮川律(みやかわ りつ)
弁護士で28歳。
元来自信家でリーダーシップを発揮するタイプだが、紗英には献身的。

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*取り扱いサイトは、各書店に掲載され次第、更新されます。

 

【試し読み】

「それで? 舐めたらいけないとことはどこ?」
 じらすように、紗英を追いつめるように、宮川は何度も何度も紗英の内腿にキスをする。痕を付けられるたびに、彼の所有物になったような気持ちになる。もう、宮川のことしか考えられない。
 わざとなのか、宮川は紗英のショーツの隙間に少しだけ指を滑り込ませている。
 紗英はこの先を知りたくて、せつない吐息を吐き出した。
「せん、ぱい……」
「欲しいって言ってごらん」
「……欲しいです。触れてほしい」
 ねだるように、紗英は腰をくねらせた。
 宮川はそれに応えるよう、ショーツをためらいなく脱がせてくる。
 さらされてしまった恥部に、宮川の熱のこもった吐息がかかる。それだけで紗英はびくっと強く反応してしまった。
 これで直接触れられたら、いったい自分はどうなってしまうのだろう。つい逃げ腰になったが、察した宮川にすかさず掴まってしまう。
 両足に彼の逞しい腕が回された直後、艶めかしい感触が襲ってきた。
「ああっ、先輩……こんなの、私……はぅっ」
 陰唇を、宮川が舐めているのだ。紗英からは口づけられている部分までは見ることができない。
 でもきっと、内腿を舐めていたときのように舌を尖らせて刺激を強くしているに違いない。
 れろれろと、内に入るギリギリのところを探られ、じゅっと音を立てて吸われる。
「すごい濡れてる。蜜が零れて……」
 攻められているのは紗英のほうなのに、宮川も興奮した様子で呼吸を乱している。
 舐められているだけでもたまらないのに、彼の息が、ある箇所にかかるとさらにおかしくなる。
「ここ……」
 宮川が、ピンポイントでその場所――、紗英の陰核を見つけ、舌先でノックしてきた。
「ひっ……ああっ、イヤ、強い。なに……?」
 一瞬で、電流が走ったかのような強い刺激が生まれる。
 ここは触れてはいけない場所だ。そう感じて行為を止めようとしたが、彼は応じてはくれなかった。
 下から上に何度か舐められたあと、柔らかな唇できゅっと摘ままれると、紗英は悲鳴に近い嬌声を上げた。
「あっ、んあっ……だめっ、ああっ――」
 紗英は襲ってきた衝撃に耐えようと、シーツを掴みながら腰を跳ねさせる。
 陰核がじんじんとして、まだなにも受け入れていない膣壁が勝手に収縮し、蜜口からとろりと愛液を零してしまった。
(私……これ、……達してしまったの?)
 腰の震えが止まらない。身体全身が何度も快感の波に襲われている。
「敏感すぎ。今までしてもらったことないの?」
 紗英は、かっと顔を赤らめながら肯定の意味で頷いた。
 この部屋に入ってきた瞬間から起こっていることすべてがはじめての経験だなんて、宮川はきっと考えてもいないのだろう。
「ごめんなさい、私……変ですか?」
「違う、変じゃない。反応がかわいすぎて、ほんと余裕ない」
 せつない吐息を漏らした宮川は、はいていたボトムスの後ろポケットを探る。財布からなにか小さいものを取り出して、シーツの上に落とした。
 手のひらに乗るサイズの正方形のパッケージのそれは、コンドームだ。
「期待してたんだ、こうなるのを。再会した瞬間から君に欲情してる」
 準備よく持ち歩いていたことへの言い訳なのか、宮川は自分のベルトを外しながら、気恥ずかしそうに言った。
 服を全部脱ぎ捨て、ほどよく筋肉の付いた美しい裸体を披露してくるが、紗英は一箇所に釘付けになってしまった。
 一言でいうと「凶暴」だ。
 男性器が興奮状態になることを「たつ」と表現するが、本当にそそり立っている。
「先輩の……大きすぎる」
 こんなのとても受け入れられない。思った言葉を漏らすと、宮川が顔をしかめる。
「誰と比べてるの?」
「違う、誰とも――」
 紗英はすぐに否定したが、宮川は聞いてくれなかった。
 のしかかられ、気づいたら口を塞がれてしまう。激しい口づけは「もう黙れ」と、そう言われている気分だ。
 宮川は互いの歯が当たっても、気にせず紗英の唇を蹂躙してきた。執拗に舌を絡ませて、わざと唾液を絡ませて……もう、呼吸さえままならない。
「それ、計算? 純真そうにふるまうのも、案外そそるな」
 その瞬間、揺れはじめていた心の天秤が、一気に負のほうに傾いた。
 宮川は、紗英を激しく抱くのだろうか?
 黙ってこれを受け入れたら、どうなってしまうのだろう。
 彼は紗英がはじめてだということを知らない。それどころか、紗英がセックスに慣れた上でわざと受け身でいると思い込んでいる。
「先輩、待って……」
「待たない」
 宮川は、コンドームのパッケージを破いて、自身の昂りにかぶせていく。
 その隙を狙って、紗英は彼の腕から逃げ出そうとした。
 四つん這いになって、ベッドヘッドのほうへ進むが、セミダブルのベッドに逃げ場などなかった。
「後ろからが好きなのか?」
 違う。そう否定したかったが、もう手遅れだ。
 宮川が紗英の腰を掴んで、滾った昂りを秘所に宛がってくる。そのままためらうことなく、隘路を進もうとした。
 きっと幻聴だろうが、めりめりと破壊される音が聞こえた気さえする。ものすごい圧迫感だった。
「待って、……嘘、ごめんなさい。やっぱりだめ」
「無理。余裕ないって言っただろう。……力、抜いて。きつすぎる。まだ半分も……」
 紗英は崩れ落ち、枕に顔を埋めながらいやいやと懇願する。中で確かに宮川の存在を感じるが、半分しかという言葉に、恐怖が増す。
「……先輩、待って……お願い。痛いのっ」
 紗英が痛みを訴えた瞬間、宮川の動きが止まった。本心で嫌がっていることを、理解してくれたのだ。
「ごめん。悪かった……。熱くなりすぎた――」
 繋がりを解いてきた宮川は、そこで言葉を切る。
 紗英は行為を中断させた言い訳をしなければと、彼のほうに向き直った。
(早く、なにか言わなきゃ)
 拒絶したかったわけではないのだと、どう伝えればいいのだろう。ただ怖じ気づいただけなのだと、理解してもらうにはどうしたらいいのだろう。
 気分を害したかったわけではない。
 できることなら、大人の女性として当たり前に、彼を受け入れたかった。
 半分怯えながら様子をうかがうと、宮川は押し黙って紗英の内腿のあたりを凝視していた。
 彼の視線を追った紗英は、目を見開く。
「あっ、ごめんなさい」
 内腿に血が付着している。破瓜の血だ。わずかだが、シーツも赤く汚れてしまっていた。
「……これは、どういうことなんだ?」
 宮川が、声を震わせている。
 やっぱり怒らせてしまったのかと、紗英はますます萎縮した。
「先に……言わなければいけなかったですよね。ごめんなさい」
 わざわざ処女をもらってくださいと、お願いする年齢でもないと思っていた。
 宮川は紗英のことを好いているわけではない。
 ただお互い欲望を満たすための行為だから、未経験だなんて言えなかった。言ったら宮川はきっと、紗英を誘わなかっただろう。
 まさかシーツを汚してしまうほど出血するなんて、思わなかったのだ。
 恥ずかしくて、申し訳なくて、目の奥がつんと痛くなる。
「今野さんは、なにも悪くない。……きっと。ごめん、かなり混乱してるんだけど……いや、まず風呂だ。シャワーを浴びておいで」
 ベッドから下りた宮川は、床に落ちていたボクサーパンツを拾ってはいたあと、紗英に手を差し伸べてくる。
 これ以上人の家を汚すわけにはいかない。シャワーを浴びたほうがいいのは間違いないので、紗英は頷き、宮川にバスルームまで案内してもらった。

 さっきまでの火照りが消えてしまうと、急に身体が冷えて震え出す。
 一人になると、我慢していたものが堰を切って溢れ出てくる。
 シャワーから出る熱いお湯を頭からかぶり、嗚咽を水の音に紛らせごまかしながら、紗英は涙を流した。
(本当に……私、どうして失敗ばかりしてしまうんだろう。最悪……)
 何度間違えれば気が済むのか。
 赤くなってしまった目元をどうにかごまかそうと、顔を洗おうとしたところで、また失敗していることに気づいた。
 今夜は格式高いレストランだったから、紗英はなるべく小さなバッグを選んだ。
 そのせいで化粧道具も最低限のものしか持ち歩いていなかったのだ。
 洗うのは、身体だけにしておけばよかった。
 当然クレンジングはないから、置いてあったメンズ用の洗顔料を使うしかない。三回洗ってどうにかパンダ目になるのは回避したけれど、肌は突っ張ってしまっている。
「――今野さん」
 浴室の扉の向こう側から、宮川が声をかけてきた。
「着替え、とりあえず俺のでいい? サイズは合わないけど、ないよりマシだから置いておく」
「あっ、……はい」
 返事をしたが、シャワーの音でかき消されてしまったのかもしれない。
「今野さん? 大丈夫?」
 なかなか気持ちを切り替えられない紗英がぐずぐずとしていると、宮川が許可なく扉を押し開けてきた。
 彼は外出していたときと違う、ラフなシャツに着替えていたが、紗英の顔を見るなりタオルを掴んで服のままバスルームに足を踏み入れてくる。
「先輩……濡れてしまいますよ」
 紗英は慌ててシャワーを止める。宮川に裸を見られていることは、なぜかあまり気にならなかった。
 無言で近づいてきた宮川は、水滴の付いた紗英の身体を一度抱きしめてきたあと、頭から大きなバスタオルを掛けてくれた。
「顔が変になってしまいました。クレンジング、持ってこなかったから……」
 泣いていたことをごまかすように、紗英は言った。
 しかし宮川は、無遠慮に紗英の赤みを帯びた目元を拭ってくる。
「泣かせてごめん。まだ痛む? ……もう身体は洗った? 風邪をひかないように髪を乾かそう」
 そう言って、甲斐甲斐しく紗英の世話をはじめた。宮川は、優しいけれど強引だ。
 宮川のTシャツ、そしてウエストに紐の付いたハーフパンツを借りて着ると、彼は紗英を居間のソファに座らせ、ドライヤーを使って髪を乾かしてくれた。
 温風と大きな宮川の手は、心地よくて心まで温めてくれるようだ。
 おかげで紗英は落ち着きを取り戻すことができたが、宮川は逆だった。
 話をはじめようとしたとき、彼はソファを背に、床に座ってうつむきがちにしていた。
「……君と弟は、付き合っていたわけではなかったんだね?」
「付き合ってません。敦は私にとって数少ない異性の友人ではあったけれど……そういう関係になったことは一度もありません」
 きっぱりと言い切ると、宮川は苦しそうに額を押さえた。
「好きだって言われたことは?」
「先輩に失恋したあと、落ち込んでたときに冗談で付き合うかと言われたことはあるけど、それ以外は特になかったです。敦はすぐに別の人と付き合っていましたし」
 一度軽いノリで言われたきり、敦は紗英に対して恋愛感情を見せてきたことなどなかった。敦のそういうところは、紗英にとって気楽だったから長く友人でいられたのだと思う。
 この説明に嘘はないはずだ。なのに宮川は頭を抱えてしまう。
「どうして君が失恋したことになってるんだ……」
「私が好きって告白したら、先輩が……」
 最低だな、二度と話しかけないでと、そう言ったのだ。
 あれを失恋と言わないで、ほかになんと言うのだろう。
(まさか……そんなことある?)
 宮川は、紗英が敦と付き合っていたと誤解していたが、それはいつの時点からのことなのか。
 その誤解に驚かされたものの、敦とは長く交友関係が続いていたから、宮川が勝手に思い込んでいるのだと解釈していた。
 誤解が生じたのはあの夏以降のことで、自分の失恋とは別の話だと……。でも、違うのだろうか?
「……七月一日?」
 紗英は声を震わせながら、小さくその日付を口にする。
 宮川はなんのことだか、すぐにはわからなかっただろう。だから紗英は、補足した。
「先輩が、『おやすみ』ってメッセージを送ってくれなくなった最初の日です」
 日付まで覚えているのが未練がましいと、自分でも思う。でもあの日から、宮川の態度が変わったのは間違いない。
「ああ。そうだ……その日だ。敦が……」
 宮川は口にしたくもないのか、苦しげに言葉を濁した。
 その日、敦はきっと嘘を吐いたのだ。紗英と付き合っていると、宮川に嘘の情報を流した。
「どうしてそんなこと……」
 七月に入ってメッセージが途絶えたのも、宮川がアルバイトを辞めることを紗英に教えてくれなかったのも、あの日公園でキスをした紗英に「最低だな」と言ったのも、全部そこからきていたのだとしたら、話が見えてくる。
 絡まってぐちゃぐちゃになった糸が、ようやくピンと張った一本の線となった。
 宮川の中の紗英は、自分の弟と付き合いながら兄にも迫った最低の女になっていたのだ。
「理由は、なんとなくわかる。それより前に、あいつのガールフレンドが俺のことを好きだと言い出したことがあったんだ。報復で逆のことをされたんだろう。あいつが俺に思うところがあるのは知ってたけど……自分の認識よりずっと嫌われていたのかもしれない」
「そんな……」
 どう慰めていいのか、わからなくなる。
 紗英には兄弟はいないが、大切な家族が自分のことを嫌っていたと発覚したら、とても辛く悲しいものだと想像はつく。
 せめて寄り添うことくらいしかできなくて、ソファを下りて宮川の隣に座った。
 そっと彼の手を取って握ると、宮川はしっかりと握り返してくれる。
「……今野さん」
「はい」
「……紗英ちゃん」
「……はい」
 昔、一度だけ呼ばれた呼称を使われ、懐かしさと嬉しさで泣き笑いになってしまいそうだ。
 そこでようやく顔を上げてくれた宮川も、紗英と同じように泣き出しそうにしながら微笑みを見せてきた。
「もうわかっていると思うけど、俺はあの頃、君のことが好きだった。大好きだったんだ」
「先輩……」
 その言葉を聞いた瞬間、紗英の中では傷ついたあの頃悲しみより、宮川と一緒に過ごしたささやかな時間が、輝きながら溢れるように蘇ってきた。
「私、先輩が駅まで送ってくれるのも、メッセージを毎日くれるのも、夏休みの一日の約束も、特別扱いしてもらえたんだと勘違いして、それで……」
 キスをして、思いを告げたのだ。
「特別だったよ」
「はい」
 それがわかっただけで、紗英は救われた。
 過去の傷が完全になくなったわけではないが、少なくとも宮川に対しての不安な気持ちが消え失せていた。それなのに、宮川は納得してくれそうにない。
「ひっぱたいてくれないか? ……俺のこと」
 深刻な表情で、彼は言う。
「嫌……」
「じゃあ、いっそ刺してくれ」
「弁護士の先生が、なにを言い出すんですか。人に犯罪をそそのかさないで」
 宮川の目は真っ赤に充血していて、今にも泣き出してしまいそうだ。
 強い意志を持っていそうな大人の男性が、紗英のことを思って感情を高ぶらせている姿を見たら、許す以外の選択肢などない。
 それに根本の原因は別の人が作った嘘からくるもので、宮川も被害者なのだ。
「敦のところに行って、話してくる」
 宮川は決意したように、すっと立ち上がった。紗英は慌ててそれを止める。
「だめ。……今夜はやめましょう?」
 話してくるなんて、そんな落ち着いた精神状態ではないのはあきらかだ。
 深夜まで盛り上がっているかもしれない結婚祝いの場に、乱入してしまいそうな勢いがある。
 嘘を吐いた敦が痛い目を見るのは紗英の知ったことではないが、大勢の人がいる場で宮川の評判が落ちてしまうことはさせたくない。
 紗英は懸命に宮川の手を引っ張って、いなくならないでほしいことを表す。
 それが伝わったのか、しばらくすると宮川はもう一度座って紗英と向き合ってくれた。
「今夜は帰らないでくれる? 一人になったらいてもたってもいられない」
「泊っていっていいんですか?」
「ああ。どうしても一緒にいたいんだ。もう傷つけることはなにもしない。二度と君を泣かせない。明日になったら車で送っていくから、今夜はここにいて」
 返事に迷うことはない。
 紗英もただ、少しでも長く宮川と一緒にいたかった。

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