こじれた想いは貴方のせい ~初恋相手のCEOと再会した後は~

書籍情報

こじれた想いは貴方のせい ~初恋相手のCEOと再会した後は~


著者:乃村寧音
イラスト:ユカ
発売日:2022年 3月25日
定価:620円+税

外資系スーパーのマーケティングマネージャーとして働く二十九歳の風花は、今日もベッドの上でM字に自縛し、愛用の玩具たちで一人慰めながら「彼」に激しく犯される妄想に浸っていた。
「彼」とは、風花の初恋の人であり、彼女に今もなお癒えない傷をつけた裏切り者、「海斗」という元同級生だ。
ある日、新しい玩具を購入しようとサイトを巡っていると『運命の恋を引き寄せるバイブ』という商品を見つけ、好奇心から購入してしまう。
怪しげな玩具を購入して数日後、社長家のホームパーティーの手伝いに呼ばれた風花は、唐突に紹介したい男性がいると告げられる。しかもその相手は毎夜のように妄想していた彼――海斗で!?
「風花さんにせっかく会えたのにこれっきりだなんて、俺は嫌だ」
『運命の恋を引き寄せるバイブ』によって、拗らせ女子・風花の止まっていた運命も動き出す――!?

【人物紹介】

丸山風花(まるやま ふうか)
外資系スーパーのマーケティングマネージャーをしている。
中学生のころ、ぽっちゃりだったことから「まるまるぶーか」と呼ばれいじめられトラウマに。
そのいじめの主犯は海斗だと聞かされていたが……?

波多野海斗(はたの かいと)
風花の勤める会社の取引先で、食品系の会社を幾つもまとめいている優秀な青年。
優しくて紳士的で、風花との再会も心から喜んでいるようだが……。
趣味は料理。

●電子書籍 購入サイト

*取り扱いサイトは、各書店に掲載され次第、更新されます。

 

【試し読み】

 季節は秋。秋の夜長とは、よく言ったものだ。
 その通りだ。秋の夜は長い。暑くなく、寒くない。素敵な季節と言える。
 だからなんとなく、どうもムラムラしてきて──。年頃の女子としては、自分の体で余計なことをしたくなってしまうのだ。
 ……そんなことは言い訳かな。よく考えたら、春も夏も冬も、わたしは休みの前日の夜は、いつも……。
「う……ふぅぅ、あっ……あ……あぁぁぁっ……はぁ、ぁぁぁぁぁっ……」
 深夜二時くらい。
 ベッドに入ったものの寝つけなくて、ゴロゴロとしばらく転がった挙句。わたしは……びっしょり濡れた隘路にバイブレーターを突っ込んでいた。
 絶対に誰にも見せられない姿だということはちゃんと自覚している。

 ここはわたしの部屋。品川駅からほど近い、高層マンションの真ん中あたりの十五階。
 煌めくビル群や、東京湾が見えて、そこそこ眺めがいい。
 部屋の中はまぁまぁお洒落と言えなくもないけど、家具が少ないから殺風景かも。
 そんな部屋で……。SMグッズのベルトでM字開脚に自縛し、股間に嵌めたバイブレーターをぐちゅぐちゅと動かしている。ブルーのシリコン製。こういう場合、普通は手も拘束するわけだけど、実際に手を縛ってしまうとオナニーできないから、そこは妄想で補いつつ、拘束は足のみ。
 もちろん全裸。シーツを汚したくないと思って腰の下にバスタオルを敷いてみたものの、興奮してしまい、そんなものは結局どこかにいってしまった。わたしのそばにはスティックタイプのピンク色のバイブレーターが転がっている。さっきまでクリトリスに当てて使っていた。イっちゃう寸前で寸止めして、そこから大きめのバイブレーターに変えた。
「んぅーっ、ううううん……あ、あ、あぁぁ」
 蜜口は、泡が立つくらい濡れてきた。じゅぽじゅぽ音を立て膣壁を擦りながら、奥までバイブレーターをねじ込む。気持ちいい。口の端から流れた涎が少し冷えて、頬を冷たくする。思わず声が出てしまう。壁が薄いわけじゃないから大丈夫だと思うけど、万が一、誰かに聞かれたら……。でもその想像さえ、ちょっと甘い。
 オナニーなんかやめておこうと思っても、眠れないと、どうしても、つい……。
「あ、あぁんっ……海斗、海斗……」
 自分の部屋にひとりきり。当たり前だけど誰もいない。
 海斗、というのは、初恋の人だ。父は転勤が多く、わたしは子供のころ、地方の公立学校を転々としていた。中学三年のとき、おそらくわたしの進学を考えて両親は東京にマンションを購入し、わたしと母は東京に定住することになった。
 海斗とは中学二年生のとき、東北の街で出会った。
 海斗は初恋の人だけど、今となってはいい思い出はない。あったかもしれないけれど、とある事情ですべて消えた。
 それなのに──。それでも海斗は初恋の人であり、わたしのオナニー妄想は海斗がいないと成立しない。異性としてときめいたのが海斗しかいないから。初恋ですべてが終わってしまったのだ。海斗でオナニーをするのはやめようと何度も思ったけれど、海斗以外では興奮できない。
 すごく歪んでいる。そんなことはわかっている。かといって、普通の恋はできない。こういうのを性癖っていうんだろうか? 歪んでいるけど、どうしようもないし、治すこともできない。
 でもわたしは別に不幸ってわけじゃない。
 恋愛に時間を割かなかったおかげで今があるのかもしれないし、妄想の中の海斗は魅力的だ。
 海斗はわたしの中で、中学二年生ではなく、少しずつ成長している。だから妄想でわたしを犯している海斗は、大人になっている。
 なんでいつも犯されているのかというと、ラブラブなセックスが想像しにくいからなのだと思う。
 灯りを消し、わたしはバイブレーターをさらに自分の穴深くへと押し込む。このバイブレーターは一見したところお洒落な感じでラブグッズには見えないのだが、ちゃんとクリトリス用のミニバイブもついており、使い心地は抜群だ。
「あぁぁっ、もうだめぇ、イっちゃうよぉ……あ、あぁぁ……」
 クリトリス用のミニバイブは、本体のバイブレーターを動かしながらでもそこかしこに当たるように少し広めになっており、ペタっとおしつけると包まれるようですごくいい気持ちだ。じわじわと責められている感じが味わえる。
 ラブグッズはけっこうたくさん持っているのだけど、ストレートな刺激があればいいというものではないし、評判のいいものであっても使ってみたら自分には合わなかったということがけっこうある。
 わたしはすぐ気持ちよくなれるグッズよりも、少しじれじれしながら最後に大きくイけるグッズのほうが好みだ。体を刺激するだけならマッサージ機で十分なわけで、そこに幻想が必要だからこそ道具にも凝ってしまう。
 今使っているバイブレーターは膣内に入れるとまるで本物のような感触で、安心して妄想に浸れる。といっても、実は本物を知らないのだが。わたしは男性経験は無く処女……と言っていいのかわからない。たぶん、処女ではないんだろう。相手はバイブレーターだけど。
(もう、イきそうだけど、もうちょっと、楽しみたいなぁ)
 わたしはベルトを外し、四つん這いになった。必死に腕を伸ばし、さらにバイブレーターを奥に押し込む。この態勢だと出し入れは無理だけど、そこは海斗にバッグでガンガン突き上げられている妄想と、勃起した秘芽を指で弄ることで、太腿まで蜜がどんどん垂れてくるくらい、興奮してしまった。
「あーっ、あぁぁぁっ、海斗、そんなにしないで、壊れちゃうよ……はぁうっ、うううううーっ」
 仰向けになる。最後は正常位で奥までと思ったから。あと、いいところに当てたかったから。
 バイブをちょうど恥骨の裏側あたり、一般にGスポットといわれている場所に押し付けるようにすると、お腹の奥がカァッと熱くなり、ドロッとしたものが降りてきた。
(海斗に、されてる……)
 海斗は、想像の中では、ぜんぜん優しくない。でもそれは、たぶんそうとしか想像できなくなってしまったから、っていう気もする。
 それでも、最後、妄想の中で、海斗がわたしを力強く抱きしめた。そのまま、硬くて大きくて逞しいペニスが奥まで入ってくる。そして、乳首を強く吸って、軽く噛んだ。
 わたしはそばあるスティックバイブを右手で拾い動作させ、乳首に押し付けた。強い刺激が胸の奥に響き渡った。
「あ、あぁぁぁぁぁ……」
(海斗、もっと、強く抱いて。ああ、本当にもう、だめぇ。いや、噛まないでぇ、ああぁぁぁっ、い、イっちゃうぅぅ……)
 ビクンビクンと腰が波打つように動いて、ヌルヌルした蜜がどぷんと蜜口から流れ出てきた。
 腕がだらんとし、ずるんとブルーのシリコン製バイブレーターが抜け出てくる。スティックバイブはベッドの下に落っこちた。
(はぁ……イケた……。すっごい、イケた……。あー気持ち、良かったぁ……)
 わたしは少しの間、そのままぼうっとしていた。

(もっともっと、深くイケたりするのかなぁ。うーん、また新しい道具を買っちゃおうかなぁ)
 洗面所でハンドソープを使って二本のバイブを洗い、タオルできちっと拭きあげながら、そんなことを考える。
 オナニーのあとはすっきりするけれど、なんだか少し虚しくなる。じゃあオナニーをやめられるかと言ったら、絶対にやめられないけど。
 性欲っていつになったら無くなるんだろう。おばさんになったら無くなる? まさか、おばあちゃんまで無くならない? そんなことを思うと、時折不安になる。
(だって、すっごく気持ちいいんだもの。しなかったら、欲求不満になっちゃうよ)
 オナニーに関してはプロの域に達しているのではないかと思う。長年やっていることだし、道具も揃ってるし。何の自慢にもならないけど。
(他の人ってどうしてるのかな? 彼氏がいない人とか)
 わたしには女性同士だからとエロ話をする習慣がないし、そもそも友達が少ないから、よくわからない。
 ラブグッズに関しては、ネットショップで気軽に買えるので困らない。女性用のグッズを専門に扱うサイトだと、配送方法も気を使ってくれてとても親切だ。
 バイブレーターを専用のポーチに入れベッド脇のミニチェストに片づけると、カフェインレスのアールグレイティーをマグカップに入れて、ソファでひと息ついた。
 この部屋はもともと簡易的な仕切りの1LDKで、パーティションを外して大きなひと部屋にしてある。
 寝室部分が奥になるので窓際になるのだが、リビングダイニングから一段下がった造りになっているので、パーティションが無くてもなんとなく部屋が分かれている感じになる。
 寝転べる大きさのソファとサイドテーブルを、窓の外が眺められる位置に設置したので、そこでゴロゴロしつつぼうっとすることができる。
 ダイニング部分には小さめのテーブルと椅子が二脚。椅子が余分にあっても、この部屋に他人が入ったことは無いけれど。そこで食事したりパソコンを使ったり、適当に使っている。
 玄関入って右側にバスルームと洗面所とトイレ、リビングダイニングに入ってすぐ左側がキッチン。ダイニングテーブルはキッチン側、部屋の右側の壁にテレビを置き、それを見るときは床に置いたフカフカのクッションに座る。テレビをつけっぱなしにする習慣がないので、床に座るのは映画を見るときくらい。
 部屋の隅には、電子ピアノ。ヘッドホンがついているから、マンションでも弾ける。たまに弾きたくなるので、置いている。服は、作り付けのクローゼットに入れている。
 ミニマリストというほどではないけれど、もともとあまり物を持たないで暮らしている。
(ふー。やっと体が落ち着いた)
 温かい紅茶を飲み、ホッとした。ついでにスマホを取り出しメッセージアプリのチェックをする。
 高校時代のグループアカウントに新しいメッセージが入っており、仲間の結婚のお知らせだった。二十九歳だから、どうしても周囲に結婚話が増える。
 過去の嫌な経験のせいで、対男子だけでなく女子同士の付き合いにも距離を置きがちなわたしだけれど、高校時代の仲間はいい人たちなので、結婚式に招かれれば、できる限り参加している。けれど。
(この先、わたしには結婚も、子供を持つことも、無いんだろうな)
 そこは、確信している。
 不思議な拗らせ方をしてしまっているから、結婚は、したくても無理。

 いつも思い出す光景がある。
「ふうかじゃなくて、ぶーかじゃん。まるやまふうかじゃなくて、まるまるぶーかだよね!」
 わたしの名前は丸山風花。それをもじって、彼女たちはわたしを『まるまるぶーか』と呼んだ。
 中学生のころ、わたしはまるまると太っていた。母もどちらかというとふっくらしているので、体質的に太りやすいのだ。
 今は自分の意思でダイエットを続けているので、太ってはおらず、むしろ痩せているほうだと思うけど。でもそのころは成長期だから食欲を我慢できなかった。
「ぶーか! ぶーか! まるまるぶーか!」
 今もたまに夢を見る。悪夢。わたしをからかう意地悪な女子たちの声。二度と思い出したくないのに。
 何度も転校したけど、いじめにあったのは中学二年のあのときだけだ。
 その学校では、よそ者というだけでどこか嫌われる雰囲気があったのだけど、春に行われた合唱コンクールでピアノ伴奏を務めてから、確実に様子がおかしくなった。
 前年度に伴奏を務めていたというクラスのリーダー格の女子──真奈に睨まれ、どこのグループにも入れてもらえず、孤立してしまったのだ。
 引っ越してきてすぐその子、真奈と同じピアノ教室に入ったことも、気に食わないと思われた原因であったらしい。なんでも、そこは地元では有名な教室で、入会のための試験などもあり、なかなか入れないという噂だったらしいのだけど、たまたまわたしが前に習っていた先生が大学の後輩だったとかで、試験らしい試験もなくすんなり入れてしまったのだ。
『あの子はズルをして入った』と真奈は周囲に言いふらしていたらしく、最初から雲行きが怪しかった。
 わたしにしてみれば、ピアノ教室が重なったことや合唱コンクールの伴奏を務めたことは、自分で選んだわけではないので、どうしようもなくただただ困っていた。
「ぶーか、ぶーか」
 休み時間、空き時間、給食のときや下校時。その子を中心とした女子のグループは、直接わたしに言わず、でも聞こえる程度の声で悪口を言うのだ。とてもつらかった。
 そんなわたしにとって、心の救いは海斗だけだった。
 海斗──波多野海斗は、成績優秀でサッカー部のレギュラー、スラっとした体形で、その上切れ長のすっきりした目に細面の、塩顔っぽいイケメン少年だった。最初に見たときからカッコいいなと思ってはいたけれど、それだけではなく、女子から仲間外れにされているわたしに優しいのは海斗だけだったから、余計に好きになってしまった。素直に、初恋だった。
 海斗は、
「俺も転校生なんだ」
 と言って、わたしが少しでも学校に馴染めるように接してくれた。海斗は男子のリーダー格だったので、女子にはいじめられても、男子にからかわれるということは一度もなかった。
 海斗は音楽も得意で、合唱コンクールでは指揮者だった。そんなこともあってお互い話が合い、友達のいないわたしは自然に海斗と一緒に過ごすことが増えていた。
 とはいっても海斗には男子の友達もいるので、わたしとばかり話しているわけにはいかない。ひとりになる時間は多かった。
 女子たちからの嫌味や密かな攻撃に耐える日々は、一年間続いた。一年で済んだのは東京に引っ越すことが決まったからで、わたしはホッとしつつ、海斗と離れ離れになることだけが寂しかった。
 引っ越しすることを話すと、状況をわかっている海斗は良かったね、と言ってくれた。
「でも、風花がいなくなったら、俺は寂しくなるなぁ」
 海斗がわたしを『風花』と呼ぶ優しい声の響き、今でも覚えている。たしか、みんなの前では『風花さん』って言っていた気がする。二人きりのときだけ、海斗はわたしを『風花』と呼んだ。海斗はみんなに『海斗』って呼ばれていたから、わたしもそう呼んでいたけど。
 なんだか少し、二人きりになったときに、特別な感覚があった。でも、それ以上のことは何も無かった。
 いなくなったら、寂しい──。ため息交じりに言ってくれたあの言葉が噓だったなんて、あの頃の海斗の優しさがすべて嘘だったなんて、わたしだって思いたくない。
 でも、嘘だったのだ。
 そのことをわたしは、真奈に教えられ、知ることになった。
 わたしが転校することを知ると、真奈は機嫌が良くなり、何事もなかったかのように普通に話しかけてくるようになった。最初は身構えていたけれど、仕方なく応対していた。
「風花ちゃんってさ、海斗と仲いいじゃない? ねえねえ、海斗とつきあってるの?」
 真奈も個人的に話しかけてくるときは、さすがにわたしを『ぶーか』とは呼ばなかった。
「付き合ってないよ」
 仲良くしてはいたし、わたしは好きだったけれど、好意を伝えたことはない。海斗の側からもそういう意思表示はなかった。わたしたちは付き合ってなどいなかった。
「ふうん、それなら良かった、だって海斗ってチャラいやつだからさ」
「そうなの?」
 そんな話は聞いたことがなかったけれど、女子の友達がいなかったわたしは情報に疎かったので、そう言われれば、そうなの? としか答えようがなかった。
「そうだよ。おまけに八方美人っていうか、風花ちゃんみたいな転校生の前ではいい顔して、裏ではそうでもないんだよね。だって、『丸山風花って、まるまるぶーかだよな』って最初に言ったのは海斗なんだよ。みんなそのあだ名いい!ってすごくウケてさ。だからわたしじゃないからね、ぶーかとか言い始めたの」
 わたしの顔は、その瞬間青くなったと思う。真奈はそんなわたしを見てますます笑顔になった。
「そっかぁ、風花ちゃん、やっぱり知らなかったんだぁ。海斗ってけっこうひどいやつなんだよぉ。それなのに仲良くしてたからさ、引っ越ししちゃう前に、教えてあげようと思って。いいこと聞いたでしょ? じゃあね!」
 真奈はそれだけ言うと、走って行ってしまい、わたしは……その日、どうやって家に帰ったのか覚えていない。
 帰宅後は部屋にこもって泣き続け、次の日からずっと学校を休んだ。引っ越しする日までずっと休んでいたと思う。それくらいショックだった。
 最後の日に海斗が、先生に頼まれたと言って学校に置きっぱなしのわたしの荷物を持ってきてくれたのだが、母に応対してもらいわたしは顔を出さなかった。
 海斗はその日、手紙を持ってきていて、それは母からわたしに渡された。
「カッコいいい子だったよ。何で顔を見せないの? 風花のこと、すごく心配してたよ。体の具合が悪いんですか? って。すごく気遣ってくれてた。いい子だねえ。はい、お手紙」
 奪うように受け取り、そのまま一度はゴミ箱に放ったけれど、結局、拾って読んだ。
『学校に来なくなって、心配しています。引っ越しの前にいろいろ話したかったけど、体の具合が悪いのでは仕方ないね。大事にしてください。実は俺もそのうち、東京に引っ越すことになりそうなので、できたら向こうでまた会いたいです。手紙を書きたいので、引っ越し先の住所を教えてください』
 文末には海斗の住所と、電話番号が書いてあった。あの頃まだ中学生で、携帯電話などは持っていなかったしメールもしていなかった。
 わたしはその手紙を粉々に破いて捨てた。
 もちろん返事は出していない。
 そして海斗とは、それっきりになった。

 いじめられていた自分にとって、救世主のような存在だった初恋の相手。素敵で、カッコよくて、話が合って、優しくて。これ以上ないほど理想の存在だった海斗。まだ幼いなりに、本当に本当に、大好きだった。
 その相手にこっぴどく裏切られた心の痛みは、耐え難かった。
 表面で意地悪されるなんて、実はたいしたことない。優しい顔をした人間に裏切られるのが一番つらい。
 思春期の初恋という大事な場面で恋愛観を拗らせまくってしまい、それが定着し、元には戻れなくなった。二十九歳の今までずっとこの状態なのだから、この先も変わらないだろう。
(さて、と)
 画面が小さいのが嫌になったので、タブレットでラブグッズのサイトを検索しはじめた。いつものところは飽きちゃったし……あちこち見ていると、これまで辿り着いたことのないサイトに入ってしまった。
 すると、不思議な商品が目に入った。

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