新婚夫婦の秘密、運命のオメガ
著者:ぐるもり
イラスト:小島きいち
発売日:2022年 5月27日
定価:620円+税
アルファ至上主義の八重樫家にオメガとして生まれたうえに、成人しても未だヒートが訪れない香澄は、家族以外の親族から蔑まれて生きてきた。
ある日、働き先のベーカリーにと突然やってきたアルファ――幸司から「自分は香澄の『運命の番』だ」とプロポーズされて……!?
「君は、出来損ないのオメガなんかじゃない。俺がそれを証明して見せる」
生家を丸め込んだらしい彼に押し切られ、『番契約をしないこと』を条件に結婚を了承した香澄。
『運命の番』らしい幸司と接しても、ヒートが起きない香澄だが、彼と夫婦として過ごすうちに、いつしか彼と番になりたいと望む自分がいて――。
【人物紹介】
八重樫香澄(やえがし かすみ)
名門の八重樫家に生まれた数少ないオメガのため、幼い頃から家族以外の親族からは蔑まれていた。
趣味は編み物で、妹曰く「お金が取れるレベル」。
まだヒートを迎えたことがないため、自分を出来損ないのオメガだと思っている。
日倉幸司(ひくら こうじ)
第二の性に関して研究する「国立バース研究所」の所長であり、アルファ。
基本物腰の優しい男性だが、運命の番である香澄のことになると冷徹な一面も見せる。
八重樫家主催のパーティーで香澄と出会い、彼女を八重樫家から救い出すと誓った。
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【試し読み】
もう少し素敵な服を着て来ればよかった。そう後悔したのはベッドの上に横になったときだった。幸司は秋の装いという雰囲気がぴったりの服を着ていた。色味の深い、テーラードジャケットを無造作に脱ぎ捨てた。現れたのは澄み切った空の差し色として使われそうな落ち葉のようなブラウンのニットと、スタイルがよくなければ着こなせないテーパードパンツ。反対に自分は、どこにでも売っていそうなグレイのハイネックニットとデニムパンツ。あまりにも差がありすぎて、ふわふわした気持ちがすうっと冷めていく。いや、釣り合わないことを改めて理解して怖くなってしまったのだ。
「……どうしたの? 怖くなった?」
暖かい唇が目尻に落ちてくる。頬、鼻先と順番にたどる唇を受け止めながら、香澄は考えてしまう。どうにも不思議なことがあるのだ。幸司は、香澄の気持ちに敏感だ。怨念渦巻く八重樫家の中で生きてきたせいか、感情を隠すのが上手くなった。泣けば笑われ、笑えば蔑まれ……黙って表情を落とすことが一番絡まれずに済んだためだ。今だって恥ずかしい自分を隠すようにしていたのに、幸司は敏感に感じ取ってしまっている。
「……幸司さんはどうして私の気持ちが分かるんですか?」
「どうしてだと思う?」
「……質問で返すなんてずるい」
あ、今の言い方可愛くなかった。真っ先にそう思ってしまった。今まで一度も男性の目を気にしたことなんてなかったのに。幸司の前では知らない自分がどんどん出てきてしまう。
「……見落としたくないんだよ」
「見落とす?」
「俺の唯一の後悔。香澄が困っていたら助けてあげたい」
そっと触れるようなキスが降ってきた。ささやかなキスを合図に、得体のしれない何かが体の中を駆け巡る。
「もう、二度と君の悲しい背中を見送りたくないから」
覚悟して。
強い決意を込めた声と視線は一瞬で香澄を虜にした。悲しい背中とは? 見送る? 分からないことがたくさんある。けれども、強い決意の裏に隠された悲しさに触れてしまった。
そっと腕を伸ばすと幸司の頬に届いた。
私も、あなたの悲しさを見落としたくないの。そんな風に伝えたかった。けれども、本当の夫婦になれない自分にそんなことを言う資格はあるのだろうか。香澄は口をきゅうっと閉じて、そっと自分の方に抱き寄せるしかできない。
「香澄さん」
「ごめんなさい」
頼りなくて、何もできなくてごめんなさい。あなたは私のためにいろいろしてくれているのに。心の中でだけたくさん謝る。
「君がいればいい」
首筋でそんな囁き声が聞こえる。
「綺麗な服も、きらびやかなアクセサリーもいらないよ。君がいればいいんだ」
幸司が顔を上げて、香澄をじっと見つめる。
ずっとほしかった言葉なのかもしれない。家族以外でこんな風に求めてくれる人はいただろうか。
「……ありがとうございます」
嬉しい。もっと言って。私をほしがって。人間は欲張りで、そんな気持ちがどんどん湧いて出てくる。しかし、それでは八重樫家の人間と何も変わらない。謙虚なふりをしてお礼だけ口にする。
「うん。今はそれでいいよ」
長い指が香澄の唇を撫でる。
「いつか、もっとほしいって言わせてみる」
「っ、は……」
幸司の言葉に支配される。長い指が香澄の頬を撫で、ゆっくりと首を撫でていく。薄い皮膚の感触を確かめるように時々軽く押される。
「ん、……」
たったそれだけだが、香澄の体に熱がこもる。幸司が触れたところからじわじわと熱が這いあがり、全身を支配していく。
「香澄さん……」
甘い声が耳に流し込まれる。同時に耳たぶをなぞるように舐められた。
「ひっ」
冷たい耳に熱い舌。まるでやけどしそうなほどだ。リップ音が間近に聞こえて、全身にキスされているような感覚に襲われる。
香澄さん。と名前を呼ばれる。それ一つでとろとろに溶けてしまいそうだ。
「は、う」
返事をしたつもりだったが、かすかな音にしかならなかった。すっかり幸司に浮かされてしまっている。
「少し口を開けて。そう、上手だよ」
何が来るかどきどきしながら待つ。言われた通り口を開くと、ぬるりと何かが入り込んできた。
「っ!」
舌だ。そう気づいたが、すぐに心地よさが勝った。恥ずかしさは少しもない。どうして? と、冷静な自分が自分に問いかける。自分はオメガだからアルファに命令されると従ってしまう? でも、私はヒートのないオメガだからきっと違う。じゃあ、アルファの支配性に囚われてしまった? それは絶対に違う。幸司は何一つとして強引に進めようとしていない。
じゃあ、なぜ。そんな風に問いかけていくうちに、口内に舌が這う快楽に完全に支配された。
「次は俺のに絡めて」
吐息を重ねながら次のステップを教えてくれる。疑うことをせず香澄は言われるがまま素直に従った。
「今度は少し舌を出して」
少しずつステップアップするように、段々と大胆になってくる。出した舌先を噛まれると、びりびりとした刺激が全身を巡った。痛くない。気持ちいいのだと気づいたときにはもっと距離を詰めるように幸司の体に腕を回していた。
「次は香澄さんからして」
指示される際、少しだけ唇が離れていく。出会ったばかりの二人がここまで深くつながることに疑問がないわけではない。
「君は、俺の妻だ」
「ふ、あ」
そうだ。自分は彼の妻になるんだ。そんな免罪符が香澄のキスに大胆さを生む。
「上手」
キスを褒められればうれしい。頭を撫でられれば心地よさにとろりと蕩けそうだ。うっとりと目を細めると、ニットの裾から大きな手が侵入してきた。自分の体も熱くなっている自覚はあったが、幸司の手も驚くほど熱を持っていた。
腹、背中を撫でていた手が、硬い布に覆われたふくらみにたどり着く。
「あ……」
そのままゆっくりと服を脱がされる。万歳をする形になり、それだけは少し恥ずかしかった。
「……綺麗だ」
日に当たらない皮膚は他の部分より白い。幸司の手と比べると色の違いが明確に分かり、隠された場所だと改めて理解した。
「やっぱりこの色が俺の好きな色だ」
腹の中心部のくぼみにそっと唇が落ちる。ちゅう、と吸い付く音とチクリとした痛み。視線を下にずらすと、赤い花が咲いていた。
「新雪を踏み荒らすような気になってくるな」
「……ふふ」
「誰も知らない場所にずかずかと足を踏み入れる。もう他の誰も味わえない恍惚感」
「面白い例え。わたしなんか……」
なおも続く、新雪への足入れに、少しだけくすぐったさを感じる。
「私なんかじゃない。君は誰にも代えがたい存在だ」
ぎゅっと抱きしめられる。
「……幸司さん」
「わかってもらわないとな」
下着の後ろに手が伸びた。ぷつ、と小さな音と共に、締め付けが緩んだ。ささやかなふくらみだが、硬い布を押し上げるボリュームはあったようだ。
「君の香りでむせ返りそうだ」
「……フェロモン、ですか?」
大きな手がそっと下着を取り払う。ふるりと揺れた乳房と一緒に、そうであったらいいのにと疑問を口にした。
「フェロモンなんだろうか。俺にもよくわからない。けれども、香澄さんが俺に体を許してもいいと思ってくれることが一番重要だ」
「……」
そう、フェロモンだよ。と言ってほしかったのだろうか。ヒートがなくて困ったこともあったが、無ければ無いで自由に生きやすかった。
「焦らないで。大丈夫」
幸司はベッドに入ってから『運命の番』という言葉を発していない。それが優しさのか嘘なのか分からずにいる。
「集中して。俺に」
「あっ!」
あらわになった乳房に、少し拗ねたような声と共に幸司がかぶりつく。びりっとした痛みに思考が戻される。
「絶対夢中にさせてみせる」
あ、変なスイッチが入ったかもしれない。そう思った瞬間、唇を塞がれる。そして、先ほど習った順番通りに舌が口内をまさぐってくる。香澄もその動きに合わせて舌を絡ませる。キスに集中しかけたとき、長い指が揺れる乳房の先端を摘まむ。
「っ!」
唇を塞がれていたせいか、声が出ない。緩急をつけて刺激される蕾に、腰が浮いてしまう。そんな香澄の動きに幸司が気づかないわけない。空いた手できつく抱きしめられ、動きも呼吸の主導権も全てを握られてしまった。こういうときは鼻で息をするんだよ。とどこかの漫画で読んだような気がする。けれども、知らない刺激に身を任せていると、そんなことできるはずはない。
「は……あ」
時折与えられる息継ぎの時間にだって、硬くしこった蕾への刺激のせいで喘ぎ声をあげるしかできない。結局まともな呼吸すらできず、頭がぼんやりしてきてしまう。
「かわいい」
「すてきだよ」
「もっと見せて。溺れて」
キスが離れたと思ったら、耳元から流し込まれる媚薬のような言葉。体を這う手は止まらず、緩急をつけた快楽が香澄を襲う。
「ふう、あ」
幸司が触れるだけで、声が漏れる。与えられる刺激が全て快楽となり、香澄を飲み込んでいく。自分はオメガだからとどこかで思いながらも、否定的な自分がいる。きっとこれは幸司だからだ。そう思うことで、ふと体が軽くなる。
「力抜けた? 俺に預けていいからね」
大きな手が香澄の頬を撫でた。キスをするのかと思ってそっと目を閉じると、思ったものは下りてこなかった。
「……?」
「つぎは、ここにキス」
先ほど散々摘まれた蕾にふうっと息を吹きかけられる。ぴくりと体が跳ねる。鼻から音が漏れると、幸司は遠慮なくそこに唇を落とした。
「あっ!」
触れたか触れないかのささやかなキス。しかし、香澄の体は敏感に刺激を拾った。そしてすぐに、蕾は肉厚の舌に囚われた。
「さっき教えた通りに、ね」
キスのステップアップの応用編と言わんばかりに、幸司は蕾を舐った。中心を避け、時にゆるく、時に強く香澄をいじめぬいた。
「ん、あぁっ」
自分でも聞いたことないような甘い声が漏れる。けれどもそうでもしないとこの快楽を乗り越えられなかった。
「香澄さん……かわいい。こんなに赤くして」
「や、そこで喋ら、ないで」
濡れた蕾が怪しく光る。暖かい唾液に包まれていたが、幸司が息を吹きかけるように話すため、温度差を感じてしまう。それすらも快楽として体が拾ってしまう。無意識に足を擦り合わせる。気持ちよさを受け入れるようになってから、体の奥から何かがたらりと流れ出てきていることに気づいてしまった。
「絶対に忘れられない日にしたい」
なおも蕾にかぶりつき、香澄を翻弄していく。逃げ場のない香澄ははしたなく腰を揺らし、幸司に縋るしかなかった。
「ああ……」
終わりのない刺激に、段々と声がかすれていく。香澄に悩む暇を与えられないせいか、すっかり快楽の虜になってしまっていた。そんなとき、へその少し下で、ぷつりと何かが弾けた。
「っ!」
幸司の器用な指が、デニムパンツのボタンをはずしていた。そのままファスナーを下ろしている。
「あ、」
核心的な部分に手が伸びている。その事実に、一瞬だけ怯んでしまった。しかし、そんな恐怖はすぐに吹き飛んでしまった。すぐに冷静になったおかげで、肌を通して伝わる幸司の鼓動の速さを知ってしまったからだ。
とっとっとっと……平常時よりずっと早い鼓動。緊張? 興奮? どれが正解か分からないが、心臓の動きは香澄の物より少し早かった。時々重なって、時々ずれる拍動に身を任せていると、説明しようのない心地よさを覚えた。自然と口が緩んでしまい、こらえきれない笑いが口の端から漏れ出た。
「……バレたかな?」
「はい。しっかり……でも、嬉しい。私ばっかりだと思ったから」
ショーツのクロッチ部分に指を添えながら幸司が口を開く。お喋りをする場ではないかもしれないが、享楽を楽しみながらも、お喋りをする時間も大切にしたかった。
「ん、あ、」
布越しに、自分でも知らない場所を刺激される。
「余裕を見せたかったけど、そうもいかないな」
「あ、ふう……いい、の」
香澄の反応を探るように、刺激を加えながらお喋りを続ける。いたずらな指はいつしかショーツの中に入り込み、より一層刺激を加えてくる。陰芽を見つけたのか、指の腹で優しくしごかれる。その時点で香澄の口から意味のある言葉は発せられなくなった。
「ふ、んぅ……あぁ」
くちゅ、くちゅ。甘い水音と共鳴するように、幸司がそっと耳元で囁く。
「濡れてるね……」
弱く、強く、弱く、強く。時折意識を飛ばしそうな快楽に飲み込まれそうになるが、その緩急で幸司の存在を植え付けられる。
「少し中をほぐすよ」
「ん!」
長い指が一本中に入り込んできた。秘部、と言う例えがあるように、自分でもよく知らない場所だ。恐れがないわけではない。けれども、身を任せたいとも思う。理解できない複雑な感情のまま香澄は何度も頷く。
(少し、痛い)
痛みと、圧迫感。体が異物とみなしているのかもしれない。けれども、先ほど散々虐めぬかれ垂らした蜜のおかげか、異物はすぐにナカでなじんだ。
「少し、動かします。痛かったらすぐに」
「は、い」
幸司の指がナカで揺れる。痛みはない。まるでキスをして唾液でも絡めているかのような卑猥な音がベッドルームに響いた。その音を聞いていると、唇が寂しくなってくる。少し腰を浮かして体を寄せて、ほしいものをねだった。
「キス?」
「うん……」
おもちゃをねだる子供のようだ。分かっていてもやめられない。香澄の願いに、幸司はすぐに応えてくれた。舌を絡める水音と、秘部から奏でられる音。その二つが重なると、体がリズムでも刻むように揺れた。もっとほしいと全身がねだっているかのように。
「ん、あ……」
異物が一本増えたが、丁寧な動きは変わらない。次第にその優しさがじれったく感じてしまう。
(もっと、ほしい)
オメガとしての本能。アルファがほしい。こんなときばかり都合のいい自分の立場を利用して、香澄は幸司を強く抱きしめた。
「甘えたさんだな」
「ん」
唇へのキスが止めば、それの代わりとばかりに頬や耳、額や目尻、瞼、首筋に唇が落ちてくる。
「ああっ……」
二本の指が奥に侵入してくる。体全てが幸司に囚われている。今日はもう少しもなかった。あるのは幸福感のみ。次は? つぎは? と、ねだるように体をすりつける。
「ステップアップするよ」
中に入っていた指が抜けていく。名残惜しいのか、無意識のうちにナカを締め付けてしまう。
「待っていて」
そのまま流れるようにショーツとデニムパンツを引き抜かれる。「あ」と思っている瞬間、幸司がパンツを脱いだ。
「いっかい、抱きしめていい?」
「う、ん」
すっぽりと包み込まれるように抱きしめられる。肌が互いの熱を奪い合い、二人共同じ体温になるくらい強く抱きしめられた。
「香澄さん……」
「幸司、さん」
名前を呼ぶだけで、幸せな気持ちになれる。顔にかかる髪を撫でられ、大きな手にすっぽり包まれた。
「君だけがほしかった」
「ん……」
何度目か分からないキスが落ちてくる。ゆっくりと深くなるそれに、香澄はうっとりと身を任せた。どのくらいしていたのか分からないくらい夢中になっていると、大きな体が離れていった。
「挿れるよ」
「あ、」