
極上社長と偽りの恋人関係をはじめました。~二人だけの淫らな時間に溺れて~
著者:雪宮凛
イラスト:つきのおまめ
発売日:2021年 11月26日
定価:630円+税
真面目で仕事一筋な詩織は、女性ばかりの秘書課をまとめる室長であり社長秘書。
その優秀さは部下はもちろん、上司であり社長の花岡も信頼を寄せている。
ある時、昼休みから戻った詩織は偶然部下たちが自分の悪口を言っているのを聞いてしまう。
「お仕事人間すぎて、恋愛方面枯れてそう……」
慕っている素振りをみせていた彼女たちの本音を聞いてしまい、ショックを受ける詩織。
そこに現れた花岡は一部始終を見ていたようで――!?
「あいつらを見返したいか?」
思っても見ないことを言われ驚く詩織に、花岡が提案したのは「自分と恋人だと秘書課に匂わせること」で!?
【人物紹介】
吉野詩織(よしの しおり)
悠佑の秘書であり秘書室の長。真面目で仕事熱心。
秘書課の後輩たちを自分なりに可愛がっていたが……
花岡悠佑(はなおか ゆうすけ)
海外などにも進出する大企業・花岡グループの子息であり、現在は子会社の社長を務める。
秘書である詩織をとても信頼しており、その気持ちはただのいち秘書にとどまっていないようで……。
●電子書籍 購入サイト
*取り扱いサイトは、各書店に掲載され次第、更新されます。
【試し読み】
ソファーの端に追いやられた詩織は、その場から動けなくなった。
頭の中に一度かかった白いモヤは中々晴れず、まして好きな人の笑顔を至近距離で見つめている現状のせいで、ほんのひと時脳の働きが完全に止まりかけた。
そして数分後。ハッと我に返った詩織が居たのは、上司の膝の上。
目に留まったのは、横向きで膝の上へ座る部下を見つめ、すっぽりと彼女を両腕で抱き込む満足げな花岡の顔だった。
「しゃ、社長っ! はな、離して、ください。重いですから!」
「嫌だね。って、全然重くなんかない、むしろ軽いくらいだ。……しっかり食べているか?」
度重なる衝撃のせいで、今にも頭の中が爆発しそうだ。そんな状態で思考が上手く働くわけもなく、詩織はこの日一番と言えるほど顔を真っ赤に火照らせ、アタフタと狼狽えだす。
その様子を見つめる花岡は、首を振るばかりで自分の腕の中にいる部下を解放してくれなさそうだ。
「い、今は仕事中でっ!」
「仕事はついさっき終わっただろう? だから今は、プライベートな時間を過ごさないか?」
このままじゃマズいと思って抗議の声をあげたものの、目の前にいる彼に想いは届かない。
花岡は、慌てる部下を尻目に妖艶な微笑みを浮かべる。かと思えば、詩織の訴えを屁理屈でかわしていく。
彼女のお腹に手を回したまま、困惑しかない部下を解放する様子も無い。
それだけに留まらず、急に顔を近づけてきたかと思えば、耳元で「せっかくのプライベートな時間……俺はお前と過ごしたいと思っているんだが」と囁かれる。
完全な不意打ちが生みだす衝撃は、思わず身体を震わせ無意識に一瞬息を止めてしまう程凄まじかった。
「ゆっくりと……リラックスしたい気分でな」
自分を膝の上に抱き上げ愛でようとする男の視線は、これまで何度も向けられた視線と少しばかり違うと気づいた詩織の心臓は、より強く脈打ち、彼女の呼吸を乱れさせる。
リラックスしたいと言うくせに、花岡は同じ口で詩織と過ごしたいと声を発した。混乱する詩織には、彼が紡ぐ言葉の意図を正確に理解出来そうにない。
「わ、私が居ない方がリラックス出来ますよっ! ほ、ほらっ! 帰りましょう! いつまでも会社に居たら、社長のゆっくり出来る時間がなく」
これまでと違う明らかな熱情がこもる視線を受け、上司が今何を考えているのか、それとなく察してしまった。そのせいで、余計困惑が勝った詩織の口からは無意識に言葉が零れ落ちる。
「さっきから文句ばかりだな。そんな口は……しっかり塞がなきゃ、なぁ?」
テンパるあまり、発言が支離滅裂になりかける部下の様子に、花岡はとても楽しそうに笑う。そして、詩織の訴えを最後まで聞き届ける前に、たった数センチしか離れていない二人の唇は強引に重なった。
取引先へ行く時や人混みを歩く際、他人とぶつからないよう配慮もあったのか、いつも花岡に抱き寄せられた。
仲睦まじく見せるため、後輩たちの前ではこっちが驚くほどくっつかれた。
なんてスーツ越しに数秒触れるだけのスキンシップは、これまで何度もあった。
だけど、今この瞬間、彼が自分へ向けてくるモノすべてが、上司と過ごす中で初めてのことばかりで驚かずにいられない。
あからさまな熱情と欲を孕んだ視線や太ももを撫でる手つき、そして、不意を突くようなキス。
たくさんの〝初めて〟を一方的に与えられた詩織は、冷静さを取り戻したい思いとは裏腹に、戸惑いの海から抜け出せずにいる。
一度重ねられた唇はしばらく開放されず、「離して」と伝えたい一心で、詩織は上司の腕に抱かれたまま弱々しく彼の胸を拳で叩いた。
気持ちが届いたのか、ようやく唇が離れていき、新鮮な酸素を求めてわずかに唇を開く。
「口、開けて」
「……ッ、んん」
詩織が唇を開くのと同時に、彼女の耳に低音の囁きが届いた。間近で聞こえた音に、つい意識が持っていかれる。
最初は声こそ聞こえたものの、何と言われたかすぐに理解出来ず、思わず「えっ?」と聞き返しそうになった。
だけど、こちらが喋るよりも先に、口元に開いたわずかな隙間へ熱く分厚い何かがねじ込まれていく。
突然のことに驚き、詩織は大きく目を見開いて悲鳴を上げた。けれど、彼女の口腔内を占拠する〝ソレ〟に阻まれ、悲鳴はただのくぐもった音へ変わる。
衝撃のあまり身体は無意識に強張った。頭の中も真っ白になって、抵抗する意思さえ忘れて何も考えられなくなる。
そんな状態の彼女の口内では、挿入りこんだばかりのモノが、ゆっくり動き出した。
クチュ、クチュと口の中で発する音が粘膜を通してダイレクトに耳へ伝わる。
何より、頬の内側の粘膜や歯茎をねっとりとなぶられる感覚や、戸惑いで縮こまった舌に触れる熱が、今起きていることを鮮明に教えてくれた。
――クチュ、ピチャッ、チュッ。
不意打ちのキスから数分が経った室内には、相変わらずいやらしい水音と時折漏れ聞こえる吐息が響いていた。
「……ん、ふ、ぁ」
「もっと、舌絡めてみろ。ンッ……上手い上手い」
息継ぎの合間に、花岡の口から軽い指示の囁きがこれまで何度も聞こえてきた。
間近で聞こえる声に応えるように、相変わらず口内を我が物顔で蠢く舌へ詩織はおずおずと自分から舌を絡めていく。
二人の舌の粘膜が擦れあった瞬間、下っ腹の辺りが甘く疼き、思わず詩織は身体を震わせる。
そんな彼女を宥めるように、いつの間にか背中に回された太い腕がギュッとすぐそばにある大きな熱へ抱き寄せてくれた。
「……驚いたな」
そのまま、不意に唇は離れていき、息を呑む声が数センチにも満たない至近距離から聞こえてくる。
たった数分、されど数分。口内の至るところを愛撫しつくされた詩織の意識と視線は蕩け、目の前で困惑の表情を浮かべる男を瞳に映した。
最初は強張っていた彼女の身体からは力が抜け、抵抗を示すように目の前にあるスーツ越しに厚い胸板を叩いていた手もすっかり大人しくなった。
ようやく唇が解放され、一向に熱と赤みが引かない顔を少しばかり気にしながら、ハフハフと新鮮な空気を求めて、詩織は短く呼吸を繰り返す。
そこにいるのは、仕事に真面目な室長様じゃない。困惑と薄っすらした熱情の色を表情に滲ませる一人の女性だ。
「もっと、嫌がられるかと思っていた」
なんて口では言う癖に、自分を抱き寄せて囲う腕を解く様子も、膝の上から降ろす様子もない。
それどころか、ようやくキスから解放されたと思った唇へ、チュッチュっと今度は啄むような口づけが繰り返される。
そのくせ、抵抗を止めて自分を受け入れる詩織の様子に戸惑っているのか、彼の瞳は時折揺らぐのだ。
「私たちは……恋人、です、よね?」
本当に付き合っているわけじゃなく、あの期間はただの〝仮〟だった。なのに、判断力が鈍った頭では、無意識に口から零れた言葉の違和感に気づかない。
数分ぶりに発した声はか細くて、止まない口づけのせいで言葉が切れ切れに紡がれていく。
「それは……お前が終わりだと言っただろう?」
軽い酸欠状態のせいか、少々だるさを感じるまま小首を傾げれば、クイっと目の前にある口角が上がった。
「そうですね……ンッ。終わりと、言ったのに……くっついて、きたのは……ンぁ。そっち、でしょう」
疑問を投げかけられたので、ずっと不思議に感じていた自分の気持ちも混ぜて答える。すると詩織の声は、またしても悪戯なキスのせいで細切れになった。
「今だって、っこんな、こと……ンンッ!」
気づかないうちに、部下の身体を支える腕と反対の手が、また詩織の脚へのびていた。そのままキスの雨に紛れて、優しくストッキング越しに素肌を撫でていく。
しかも、時間が経つにつれ、次第に手つきのいやらしさが加わっていくから厄介だ。
好奇心と理性の狭間で揺らいでいると言わんばかりに、スカートの裾周辺を少しカサついた指が行き来している。
「……ぁ、ん」
時折、スカートに隠れた太ももをいやらしく揉みしだかれ、その刺激は詩織の唇をかすかに震わせる甘い吐息へ変わった。
自分から質問をしてきたくせにこの態度。花岡は本当に何を考えているのだろうと、詩織の頭の中は次々湧き上がる疑問でいっぱいになる。
――もう終わりにしましょう。
あの日確かに言った言葉が脳裏によみがえる。だけど目の前にいる上司は変わらず、ベタベタと引っついてきた。
以前よりあからさまに、かつ回数が増えたスキンシップ。そして現状を見る限り、戸惑いを許されるのは絶対に自分じゃないのかと思わずにいられない。
「行き遅れの、私を……ん、あわれんで、なら……ふぁ、止めて、くださっ。こんな……こんなこと、されたら、私」
――勘違いしそうになる。
部下の訴えに何を思うのか、詩織が口を開くたび、花岡は彼女の唇を啄んだ。
粘膜越しに伝わる熱があまりにも優しくて、上司への恋心を自覚した詩織にとって、与えられる快感はあっという間に苦しさへ変わっていく。
(憐れみなんて要りません。だから、どうかこれまで通りに……)
自分でも気づかないうちに、詩織の瞳は潤み視界に透明な膜が張った。
だからなのか、これまで鮮明に見えていた愛しい人の姿が歪んで見えてしまう。
心の中と似ている景色を見たせいか、余計目頭が熱くなる。
彼の前で泣くのは嫌だと思うのに、きっと瞬きをすれば涙が溢れて止まらなくなる。
なんて、未来が簡単に想像出来るほど、自分の心の機微が手に取るようにわかった。
好きになった上司の前で泣き顔を晒すなんてありえない。
恥ずかしいし、何より彼を困らせてしまう。
一つ考えれば、それに紐づけされるように、次、次と考えることが増えて困った。
すると、不意にその声は聞こえてきた。
「俺が、いつ、お前を憐れんでいるなんて言った?」
「……?」
どこか怒っている風に聞こえる声に思わず肩が跳ねた。涙でぼやけたままの視界に彼を映した瞬間、無意識に瞑った目尻から雫が零れ落ちていく。
「そもそも何とも思っていない奴に、後輩を見返そうなんて馬鹿な提案、するはずが無いだろう」
「……へっ?」
聞こえてきた一方的な問いかけの意味が分からないまま、詩織は首を傾げた。
「お前は本当に……仕事をしている時と、俺と二人きりの時とじゃ、頭の回転速度が違い過ぎだ。お前は、俺が憐れみだけで女に手を出すような男に見えるのか?」
花岡は返事が無いにも関わらず、自分の思ったことなのか、スラスラと言葉を紡いでいく。
その様子を間近で見るしか出来ない詩織は、続けて聞こえた上司の言葉に慌てて首を横に振り、投げかけられた言葉を否定した。
「お前のことが好きだから……詩織の力になれればと思った。今この瞬間も、お前と一緒に居たいと思って、お前が可愛い声ばかり上げるから」
――我慢出来ない、そのくらい気づけ、馬鹿。
唐突過ぎる上司の発言に、新たな戸惑いを抱いた詩織は、その後しばらく涙が止まらなかった。
言葉では怒っているくせに、声色はどこまでも優しくて、間近で自分を見つめる頬を薄っすら赤らめた上司の姿に、どうしようもなく胸が高鳴る。
混乱が消えないまま、なかなか泣き止まない彼女の世話を、花岡は嫌がらず、むしろ喜々として焼いていく。
涙を止めようと試行錯誤する部下の両脇を支えるように軽く抱き上げた彼は、自分と向き合うように改めて膝の上へ座らせた。
上司の太ももを跨ぐ態勢で座らされた詩織のスカートの裾が、ズズっとずり上がったせいで太もものあたりがかなりきわどい状態になる。
だけど今の二人は、そんなことを気に留めていない。
詩織は自分の感情を制御することで手一杯になっていた。
その様子に目を細めた花岡は、ことさら優しい声で語りかけていく。
「あの日、俺が戻ってきたら、お前が青白い顔をして俯いてた」
「そんな、顔……してました?」
「してた。気を抜けば、今にでも倒れそうな程真っ青な顔して。慌てて駆け寄っても、お前全然気づかないし。何事かと思えば、中から声が聞こえてきたんだ」
後輩たちから陰口を叩かれたあの日のことを、彼は改めて話してくれた。
陰口は最後の方しか聞かれていないと思っていたのに、実際確認すれば、それよりも前からみんなの声は耳に入っていたらしい。
「あの時は、庇ってもらうだけじゃなくて、みんなを叱っていただいて、ありがとうございました。でも」
――どうして恋人のフリをしようと?
話の流れで、また小さく頭を下げれば口から自然と感謝の言葉が零れる。その様子を間近で見つめ「生真面目なやつ」とぼやく花岡の姿に、詩織は首を傾げた。
「そりゃあ、好きな女が泣いてるんだ。俺だってあいつらには正直イラっとした」
「な、泣いてなんか……っ!」
さも当然と言いたげな返しに、慌てて反論するものの、すぐに口づけで言葉を遮られてしまう。
「泣いてただろう。実際に涙なんか見せなくても。あの時詩織の心は泣いてた」
そう言って、今は別の理由でグズグズと泣き続ける目元を、彼は親指の腹で優しく拭っていく。
詩織を自分の膝に乗せたまま、花岡は時折グスッと鼻をすする部下の頭を撫で、更に話を続けた。
「俺がここを任される話が上がって、秘書を一人つけるよう言われた時、真っ先に思い浮かんだのがお前の顔だった。本社に居る頃、俺は何度か詩織のことを見てたし、お前が当時担当していた社員と話し合いの場にいるのも見たことがある」
まるで愚図る子供をなだめるように、ヨシヨシと頭を撫でながら話す内容は、詩織を専任秘書として引き抜いた理由だった。
「社長付きの秘書には敵わないとしても、他の秘書たちの中で、詩織は頭一つ以上飛びぬけて優秀に見えた。だからお前を俺の秘書にしたかった」
「あり、がとう……ございます。そう言ってもらえて、嬉しいです」
今までにも、仕事の速さや正確性を褒められたことは何度かあった。けれど、初めて引き抜きの理由を聞かされた詩織は、「そんなに前から認めてもらっていたのか」と、嬉しくもあり、恥ずかしくもある言葉にならない感情を抱く。
頬を赤らめ、それ以上何も言えないまま口ごもる詩織。そんな彼女の唇を、花岡は悪戯に啄んだ。
自分の気持ちを言葉にして伝えてくれた唇が、今度は行動で伝えると言いたげに、何度も詩織の唇を食む。
「ンンっ、ふぁ……」
最初は啄むだけだったそれにほんの少し欲が混ざったキスを受け、すぐそばにある身体に縋るように、無意識に伸びた手が花岡の白いYシャツを掴んだ。
「どう、して……ンッ……もう大丈夫って、言ったのに、私に、ンぁ、構うん、ですか」
止まないキスの間、詩織の口からは何度考えても答えがわからなかった疑問が零れる。
作戦が終わっても、やたらスキンシップが多かった理由が、ずっと知りたかった。
「……卑怯だってわかってたけど、俺はあの馬鹿げた作戦から、本気で詩織を落とすつもりだったんだよ」
――最初は仮でも、すぐにそれを取り去れるように。
「なのにお前、自分だけ満足したら、さっさと終わらせようとするし」
単純にアタフタするこちらの反応を面白がってだろうか、なんて考えていた詩織は、聞こえてきた返答に驚くあまり何も言えなくなった。
そして、自分の頬とすぐ近くにある瞳がまた熱を孕んでいくのが分かる。
想像以上の事実を聞かされ、嬉しいやら恥ずかしいやら、心の中で感情が忙しなく暴れていく。
返す言葉が見つからず「あー」「うぅ」と、呻く詩織の姿を見て、「可愛いな、本当」と呟いた花岡は、再度唇を重ね、彼女から呻き声さえも奪っていった。
真摯に伝えられる上司の言葉、そして声を通して感じる彼の想い。
それら一つ一つに感情を揺さぶられるせいで、甘く締めつけられた心臓はいつまで経っても解放してもらえない。
花岡の口から語られるすべてに共通するのは、今目の前にいる部下への信頼と愛、熱情だった。
「仕事もプライベートも、隣に立っているのはお前がいい」