【創刊第一弾】俺の、欲しくて仕方ないくせに
好きって言うまでイかせてやらない ~負けず嫌いの同期を素直にさせる唯一の方法~
著者:皆原彼方
イラスト:えまる・じょん
発売日:2020年1月24日
定価:630円+税
営業課で働く春瀬未希は、同僚で成績トップ常連の仁とライバル関係にある。
営業成績の連敗記録を脱し、勝利を掴んだ未希は勝負のペナルティとして仁にマッサージをお願いするが、彼は呆れた様子で「後悔するなよ」と零すのだった。
訪れたホテルで予定通りにマッサージを受けるようとするが、彼はこんな時にまで勝負を持ち出してきて!?
「――――感じたんなら、お前の負けだ」
スイッチが入った彼の執拗な愛撫に身体を隅々まで蕩かされ、今までで一番の快感を与えられ……!?
素直になれないOLと『好き』と言わせたいライバル同期の恋愛攻防戦が今始まる。
【人物紹介】
尾崎仁(おざきじん)
営業課のエースでイケメン。
有能な人間が好きで、自分に恭順しない未希のことが好みなのだが!?
春瀬未希(はるせみき)
営業課で働くOL。同僚で成績トップ常連の仁とライバル関係にある。
ペナルティのある勝負に勝つことができ、彼に『マッサージ』をお願いするが……!?
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【試し読み】
「あの……近くない?」
「ん……ああ、悪い。もう少し離れるか」
きょとんとした顔の尾崎君が、ややあって小さく笑って手を離してくれる。抵抗もなく、意地悪もせず、あっさりと。その笑顔にからかうような色はなく、ただ少し申し訳なさそうに眉が下がっている。珍しくも殊勝な態度に、私は思い切り面食らってしまった。
わざとじゃなかったんだ。そう思うと、邪推したことや過剰反応したことが恥ずかしくなってくる。同時に、なくなってしまった彼の指先の温度が少しだけ、ほんの少しだけ残念に思えて。
「……ごめん、やっぱり大丈夫。さっきのところ続けてもらっていい?」
舌先に乗せてから、『さっきのところ』という言葉はいらなかったかも、なんて少しだけ後悔をする。心がほどけてから、私の脳味噌は、言葉の選別や統制が下手くそになってしまったらしい。
「いいのか? 近いとか以前に、痛そうな反応してた気がするけど」
「えっ、や、それは……別に痛かったわけじゃ……」
「へえ?」
ならいいけど。
もう一度伸びてきた彼の手が、私の背中に触れ、すうっと身体の前面へと滑っていく。ぴくりと肩が跳ねたのが、自分でも分かった。
「ん……っ」
「……」
「は、……ぁ」
尾崎君の息がまたうなじに触れて、首筋を撫でて、鎖骨へと下りていく。それがさっきより微かに濡れて、温度を上げた気がして、私の心臓がだんだんと速く脈打ち始めた。
勝負のことを抜きにしても、ただのマッサージで『感じ始めてしまっている』なんて、知られるわけにはいかない。それなのに彼の手が触れるたび、どうしても細くあえかな声が零れてしまう。
「っ、ふ、」
「春瀬?」
「……すこし、くすぐったいだけ、っだから」
「くすぐったい、ね……」
嘘だ。
うずうずとした、居心地の悪い感覚が背中を伝い、お腹の奥に響き始めている、――――紛れもない快感が私の身体を支配しようとしていた。シャツ越しでもひどく熱い尾崎君の指先。その熱に浮かされるように、毒が全身に回るように、じわじわと身体が火照り始める。血の巡りなんて言葉では誤魔化せないその感覚に、思わず太腿を一度すり合わせれば、じんとした痺れがまたお腹の奥へと届けられた。それは尾崎君が私に触れるたびに、何度も何度も響いてくる。
「ん……、ぁ」
最近は一人で身体の疼きを鎮めるのさえもご無沙汰だったから、眠っていたそれが溢れ出してきたのだろう、――――なんて、言い訳にもならないことを考える。拙い私の一人遊びよりも、尾崎君のくれる刺激は『ただのマッサージ』であっても鮮烈で、強力だ。
ここまでくると、普通に肩を揉まれているだけでも変な感じがして、私はつい彼の手から逃げるように肩を竦めてしまった。
「こら。やりづらい」
「だ、だって……っというか『こら』って何、」
私はあんたの犬か何かか、と。そう文句を言おうと振り返って。
思っていたよりもずっとぎらついて、獲物を見定めるように眇められた瞳と、目が合った。
「な、……春瀬。お前まさか、感じてないよな?」
その瞳の持ち主が、ぞろりとした笑みを浮かべて私を見下ろす。
彼の中で、何かのスイッチが切りかわってしまったのだと、そんな予感がした。
「っ……まさか。尾崎君がやましい気持ちを抱いてる、から……そう見えるんじゃない?」
「なるほど、確かにそうかもな。……でも、」
尾崎君の手が、さっきまでぐりぐりと苛めていた場所より少し内側、――――彼の指が沈むぐらいには柔い、胸の横をぐっと強く揉みこんだ。
「あ、っ……!」
今まで漏れていた吐息とは明らかに違う、甘さを含んだ、音階の少し外れた悲鳴。
しまったと思ってももう遅く、その音は後ろにいた彼の耳に届いていたらしい。耳のすぐそばにある尾崎君の唇が、低く笑った。
「今のかわいい声も、俺の勝手な想像か?」
「っい、今のはわざとでしょ……!」
「さっきと同じ場所を、同じように触っただけ。それであんな甘ったるい声を出してるなら、お前はさっきから感じてたってことだろ。どちらにせよ……」
尾崎君の匂いが、ぐっと強くなる。背中にあった熱い身体がさらに近付いたのだと気配だけで感じて、背筋がじわりと粟立った。
「――――感じたんなら、お前の負けだ」
負け、――――その言葉を聞いた瞬間、もはや反射のように首を振った。方向は横。違う、感じてない。うわごとのようにそう呟いた私に、尾崎君はまた愉しそうな声で応えた。
「へえ、強情だな。さすが負けず嫌い」
「や、だから感じて、ないし……」
「嘘つき。言ったはずだろ、『お前が感じるようなら何もせずにいる保証もない』って」
「え、」
ぐい、と身体が後ろに引かれ、背中がシーツに押し付けられる。声を上げる暇すらない鮮やかな手並みで、私は尾崎君の腕の檻に閉じ込められてしまった。こちらを見下ろす尾崎君は、ぞくぞくするぐらいに雄くさい顔をしていて、心臓が、息が、苦しくなる。
「負けを認めないなら、『マッサージ』はまだ続ける。いいよな?」
「えっ……あ!」
私が感じるようなら、何もせずにいる保証もない。でも、感じたら私の負け。マッサージは終わりで、触らない。
その微妙に矛盾しているような、していないような一文は、私が負けを認めなかったときのためのものだったのだとようやく気付く。最初から尾崎君は、私が感じたことを認めないだろうと分かっていたのだ。
私が意図を理解したと気付いたのか、尾崎君はさらに愉しげな笑みを深めて、私の首筋を人差し指でつう、と撫でおろす。反対の手は太腿をするすると辿り、時折肌に軽く爪を立てていった。その刺激に爪先が軽く丸まって、快感を身体に溜め込んでいく。
「っ、尾崎君、からかってるならやめて」
これは『マッサージ』じゃない。
言外にそう訴えてみるけれど、尾崎君は鎖骨を引っ掻いたのちに、身体の輪郭を確かめるように胸の外側のラインを厭らしくなぞってみせた。服の上からなのに敏感にその刺激を受け取ってしまうのは、男性に触られるのが久しぶりなせいもあるだろうけど、たぶんこのじりじりと濃密さを増していく空気のせい、だ。
「からかってない。もちろん、遊びでもない」
「ど、ういう意味?」
「……さあ? 自分で考えてみろよ。得意だろ、そういうの」
は、と熱く湿った吐息が、言葉と一緒にすこし乱れてしまった襟元に落ちてくる。「考えてみろ」なんて言ったくせに、尾崎君はもっと執拗に、丁寧に、それこそマッサージでもするみたいに私の全身をあますところなく撫でて、辿っていくから、考える端から思考がどんどんほどけていってしまう。
尾崎君によく似た、意地悪な指先だった。
「っ手、止めてくれないと……考えられないんだけど……!」
「だめ。お前止めたら余計なことまで考えるだろ」
「ッあ……! んっ、馬鹿、ちょっと」
硬く、しっかりとした親指の腹が、腰骨の少し内側を責め立てる。残りの四本の指が腰を掴むようにしているのも堪らない。女の柔い肌に食い込む男の指先というものが、こんなにも厭らしいものに思えるなんて、誰も教えてくれなかった。
一人で慰めるときとは全く違う、誰かに自分の身体の支配権を明け渡そうとしている感覚は、私の心をも快感の海へと引きずりおろしていく。学生時代の彼氏は淡泊だったから、全身を好き勝手に暴かれていくのなんて初めてだ。肌を撫でる指先一つ取っても、尾崎君のそれがひどく厭らしい熱を灯しているのだと、比べて理解してしまう。
私の少ない経験では、彼に太刀打ちできないことなんて明白だった。一度絡めとられてしまえば、もう翻弄されて、余すところなく食べられる運命しか残されていない。
「――――ほら、考えて。俺がお前にこういうことする理由。何だと思う?」
ああ、やっぱりこの男はずるいのだ。急に甘やかすような声で、こんなことを言うなんて。
ほどけていく思考をなんとかかき集めて、尾崎君の真意を想像する。からかってない、遊びでもないでこんなことをする真意なんて、そんなの、ゆるゆると与えられる快感に茹った頭じゃ、ひとつしか思いつかなかった。
「……春瀬、」
名前につられて、ちらりと尾崎君を見上げる。逆光で見えにくいけれど、私の目がおかしくなってしまったのでなければ、彼は随分と愛おしそうに目元を緩めていた。まるで、とても大切なものを愛でるかのような。
胸の奥がぎゅう、と引き絞られるような感覚に思わず目を伏せる。心臓が耳の奥でうるさく騒ぎ立てて、顔から爪先まで血が巡っていくような気がした。
たぶん、致死量のときめきだった。
私をからかうのが大好きなだけの、余裕ぶってるいけ好かない男、――――の、はずだったのに。
「お前……なんか、」
「っや、なに……」
「目が蕩けてる。そろそろ降参か?」
眇められた目が、嗜虐をまとって私を射抜く。その手はいつの間にか、服の下に潜り込んでお腹の上をゆるゆると擦るようにしていた。その動き自体は何てことないはずなのに、皮膚の下にあるものを意識してしまって、私はまたこっそりと太腿を擦り合わせる。
『感じること』に対する抵抗がどんどん薄れていくのを感じながら、まだ私の唇だけは必死に抵抗を続けていた。
「うそ、適当なこと……っ、言わ、ないで」
「嘘じゃない。もう身体が欲しそうにしてる……」
揶揄するように尾崎君が呟く。熱に浮かされたような、どこかぼんやりとした響き。お腹の上にいた彼の手が、さらに私の身体を厭らしく這い上がっていく、――――そして、ブラジャーの淵に隠されていた膨らみの先端、硬く、赤く色づいた蕾を暴き立ててしまった。
「……ここ、こんなにしてるのに『感じてない』は無理があるよな?」
「え、ッあ……!」
一瞬、思考が白む。私の身体を散々燃え上がらせた指先が、きゅう、とその蕾を摘まみ上げたのだ。
びり、と全身が痺れるような衝撃。それはすぐにじんじんとした、熱を孕むじれったさに変わる。爪先が軽く丸まって、足が震える。呆然として尾崎君を見遣ると、彼は意地悪げな笑みにどこか興奮を滲ませて、私の耳元へ寄って囁いた。
「硬くて……熱くなってる。感じすぎ。もう我慢できなくなった?」
「っは、ああ……、っ」
「軽く摘まんだだけなのに……これ、好きなんだな。腰浮いてる」
ベッドから浮き上がった背中のラインを、尾崎君の手が軽く支えた。それだけでは流石に不安定で、私は咄嗟に両手の肘と踵をシーツに突っ張る。そうすると揺れる膨らみを突きだすような形になって、自分の身体がよく見えた。尾崎君はそのまま、空いた手で何度も蕾をしごきたて、周りの薄く色づく輪ごと揉みこむ。その手つきの、あまりの厭らしさに目じりさえも熱くなった。
「んっ……ぁ、や……っ」
「気持ちいいくせに」
わざわざ見せつけて、そんなことを言う尾崎君はやっぱりいつも通りの意地悪で、性悪だった。不安定な体勢から手も身体も満足に動かず、ろくな抵抗もできない。それならせめて顔を逸らしたいと思うのに、まるで魔法にでもかけられたかのように、その光景から目が離せない。