
身代わりからの執着溺愛 〜御曹司は偽りの花嫁を淫らに啼かせる〜
著者:華藤りえ
イラスト:氷堂れん
発売日:2021年 1月29日
定価:630円+税
交通事故で実母を亡くし、後妻に虐げられて育った紗衣。幼い頃の記憶を失くした彼女は、結婚式の当日に姿を消した妹の身代わりとして密かに想いを寄せていた初恋の相手――千織と政略結婚をすることになってしまう。「これから君を抱く。最初から、そう決めていた」。初夜のために用意された一室に連れてこられた紗衣は、困惑で逃げようとしたところを彼に甘く淫らに追い詰められ――!? 心から望んだ新妻であるように大切にされ、抑え込んでいた紗衣の恋心がほだされていくが、実は彼は紗衣との関係にある秘密が……?
【人物紹介】
綿矢紗衣(わたや さえ)
幼い頃に母を亡くし、幼い頃の記憶を失っている。
父の後妻に虐げられ使用人として扱われており、自罰思考が強く育った。
香座千織(かぐら ちおり)
日本屈指の私鉄グループの御曹司かつ旧華族の家柄。
婚約者である紗衣の妹とは折り合いが悪く、言い合いをしていることが多かった。
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【試し読み】
乳房の上でふるふると揺れる花蕾が、男の口に咥えられた途端、得も言えぬ刺激に背が仰け反った。
「ひうっ……、っ、んん、ふ、ぁ! あ!」
手や指の感触とは違う。強烈で未知の感覚だ。
熱く柔らかいものに包まれ、ざらつく舌先で転がされるごとに、強烈な疼きが尖端から乳房へと響き、血潮に乗って全身を回る。
すっぽりと唇で上の部分を包み込み、乳輪から頂点までの輪郭を舌先でなぞられれば、甘く、鼻にかかった声が出るのが止まらない。
うずうずするものをどうにか散らしたいのに、身体はもっとと媚びるように反り返り、胸を千織へと捧げさせる。
残る片方の胸も放置されず、形が変わるほど力強く揉まれたり、きゅっと指で先をひねったりして遊ばれる。
右から左にと、刺激に慣れだすたびに責め方を変えられ、どうしていいのかわからない。
ただ、やるせなさのままに、甲高い声で啼き、喘ぎ、身を震わせるので精一杯だ。
そのうち、空いた右手が鳩尾からさらに下り、へその周りをなぞりだす。
「ンンぅっ……!」
胸の刺激だけでもいっぱいなのに、指で窪みを捏ね回されたのだからたまらない。
子宮に甘苦しい衝撃が走り、喘ぎ開いた唇から舌を覗かせ嬌声を放つ。
「やああっ、ん、あ…………千織、さあ、ぁんッ、ぅ」
たまらず名を呼び、行為の中断を求めるのに、千織はまるで聞かないそぶりで攻めの手を強めだす。
身体が敏感になりすぎている。胸に伏せた千織の前髪が肌をくすぐるのにすら感じてしまう。
なのに千織はもっととねだるように、含んだ乳首を飴玉のように口腔で転がし、色づく乳輪の部分を歯で擦る。
舌と歯、柔らかいものと硬いもので一片にいじめられると、強すぎる刺激に腰が大きく跳ね上がる。
「っ、はぁ、あン……っあ、ああ、あ」
壊れた玩具のように、紗衣の意思とは関係なく腰ががくがくと上下する。
敷布の上をバウンドするたびに、まき散らされた深紅の薔薇が嬌声と相まって空を舞う。
ひらひら、ひらひらと、吹雪じみた動きで花弁が散る中、羞恥の極みに追いやられた紗衣の瞳が、どうにもならない媚熱で潤む。
「耐え難いか。そうだろう。初めての身にはきっときつい」
頬をかすめるようにしながら、サイドの髪を指で掬い耳に掛け、耳殻にキスして囁く。
「だけど、もっとだ。……もっと感じて、もっと味わい、なにも考えられなくなればいい」
そうすれば、逃げることにおびえなくて済むのだと、うっとりとした顔で言われても、初めての快感に翻弄され、だけど、達せず喘がされるだけだった紗衣には届かない。
(身体のあちこちが、切なくなっていく)
胸郭を激しく上下させながら、ぼんやり思う。
全身がうずうずして、じっとしていられない。
心臓は恐ろしいほど速く波打ち、男の手で揉み解された乳房が、痛いほどに張り詰めている。
――どうにかしてほしい。この、身体の中にわだかまり、熱とともに凝縮し精神を焦らす衝動を。
欲求に追い詰められているのがわかる。千織のしていることがまともでないとわかっているのに、もっと触ってほしいと思う。
縛られた身である自分では、どうすることもできやしない。
千織だ。千織だけが紗衣を犯すこの甘い毒を解くことができる。
理由もなく、根拠もなく、ただ、本能で理解する。
この男が灯した熱は、この男でしか消しえない。
喰われ、奪われ、熱を移すことだけが、楽になれる唯一の手段。
息も絶え絶えに願い、愛撫を待ちかね身を捩るのに、千織は優しげに微笑んだまま、ぴたりと紗衣に触れてこない。
代わりに、目を細くすがめながら、紗衣の肢体を眺め回す。
甘噛みの痕が残る喉から、舌先で丹念になぞり浮き立たせた鎖骨。辺りに散る薔薇より紅い鬱血を記す乳房。
なだらかで薄い腹は言うに及ばず、濡れ光るへその窪みや脇までも、愉しげな表情で視姦している。感じる己を恥じ入りながらも、耐え、女として芽吹く欲望に肌を火照らせている紗衣の姿を。
初めてなのに感じ乱れ、夢中になってよがった自分を。
理解した途端、羞恥に頭が茹だり、いたたまれなさで泣きたくなる。
「かわいらしいな。そして美しい」
ふふっと小さく笑う声が、風となって肌をかすめる。そんなわずかな刺激にも、産毛が逆立つほどに感じてしまう。
「いつまでも、愛で眺めたい気持ちはあるが。……私も随分煽られた」
言うなり、着ていたウエディングベストとシャツを乱雑な動きで脱ぎ捨てる。
男の上半身が顕わになった時、紗衣は呼吸を止めていた。
しなやかな筋肉に覆われた腕と、シャープな輪郭と適度な厚みを持つ胸元。
なにより、筋に影が指すほどしっかりと鍛えられた腹筋のライン。
汗ばみ、興奮に朱を帯びる肌は艶めかしく、ふとした拍子に浮き立つ関節が異性を感じさせる。
(綺麗だ……)
忽然とそう思う。まるで若い軍神のようだ。
外見の端正さはそのままに、汗ばむ肌や張り詰めた筋肉が強さと生命力を伝えている。
男性の裸を見て綺麗だと思うなど変かもしれないが、自分と違う異性の肉体に好奇心が煽られる。
触れてみたい。素直にそう思う。
あの逞しい身体に指を沿わせ、筋肉の流れを辿るとどういう感じがするのだろうか。
触れたい。でもはしたない。相反する感情の中で胸をときめかせていると、悠然とした動きで千織が覆い被さってきた。
熱く、滑らかな肌の感触にうっとりしたのも束の間。
次の瞬間、千織は、紗衣のショーツを素早く引き抜き、膝を使って脚を割り開く。
「ひあ……っ!」
ずっと触れられず、固く綴じ合わせていた場所に空気が触れ、紗衣はうろたえた悲鳴を漏らす。
だけど千織はためらいもせず、無防備となった未開地に手を忍ばせた。
まだ誰も知らない恥裂に男の指が触れた途端、びりっとした感触に打たれ、薔薇とは違う香りが二人の間に漂った。
甘酸っぱいのに軽やかではない。重くねっとりと絡みつくような芳香に、紗衣の胸がざわりと騒ぐ。
唇を噛み、目を閉じていると、千織が静かに宣告した。
「……濡れているよ、紗衣」
恥裂を滑る指の具合からして、汗ではないだろう。まして、粗相をしたのではない。
初心で男性に免疫がない紗衣でも、千織の指を濡らしたものの正体ぐらいは察しがつく。
雄を迎え入れるために分泌される、淫液だ。
「まだ、にじんでいるぐらいだが……。ちゃんと、私に反応しているようだ」
嬉しげに目を細める千織の前で、紗衣はぶるりと身震いをする。
そんな、まさか。……こんな風に縛られて、一方的に抱かれようとしているのに濡れるだなんて。
これ以上、触れさせてはいけないと思う。
(もし、もっと深く密接に触れられてしまえば……私は)
想像しただけで背筋の毛が逆立ち、か細く息を漏らす唇がわななく。
逃げなくては。心も身体も千織に結びつけられる予感が、最後に残った理性を急かす。
気怠く、感覚さえあやふやな膝をゆるゆると曲げ、かかとをシーツに押しつける。
蹴り上がることさえできれば、一時なりとも逃げられるはず。
千織に気付かせないため、怖い気持ちをひた隠しにして相手を睨む。
視線を合わせ、呼吸を合わせ、相手が動かないのを見て取り下腹部に力を込めた。
その時だ。
湿り、ぬめりだした恥裂を指の腹でなぞり、くすぐっていた千織が、突然、紗衣の腰を鷲づかみ、己の方に引き寄せた。
「逃がさない、と言ったはずだが」
尻の下にあったバスローブが波立ちながら捩れて抜けていく。
同時に、男の手が膝裏に移動し、そのままぐいと持ち上げた。
「ひっ……あ、やあ、あ! やめっ……!」
千織は軽々と女の脚を持ち上げ、割り開いた膝を己の腕にかけて抱える。
そうして、細い紗衣の太腿に腕を絡めながら、手でしっかりと腰を握り浮かし、己の口元まで引き上げる。
「やっ、やだ……! やぁ、だ! 開かないで、見ないで!」
他人どころか、自分でも見たことのない恥部が、男の眼前に捧げられているのだ。動転しないはずがない。
必死になって足先をばたつかせ、縛られた上半身を左右に捩るが、男の肩に掛ける形でがっちりと拘束された脚はびくともしない。
ひとしきり暴れた紗衣が、息を上げつつぐったりすると、険しい顔で黙っていた千織が呆れたそぶりで嘆息する。
「この後に及んで。……好きな女から嫌われるのは自業自得だが、さすがに傷つく」
耳に入った言葉を聞き流そうとしていた紗衣は、え、と目をみはる。
――好きな女から嫌われるのは自業自得。そう千織は言わなかったか。
聞き間違いだと思う。好きな女から嫌われるというのは、自分ではなく妹のことだと思う。
(佳那から嫌われたのが自業自得。その埋め合わせに私を抱こうとしているのに、私までが逃げようとするから……そう。そうに違いない)
自分に言い聞かせようとするけれど、状況と、千織のやるせない表情がそぐわない。
「まっ……、待って」
なんのことか。最初から説明してほしい。どうして紗衣を抱こうとするのかを。
「千織さん、まっ……」
荒い息の合間に訴え、真っ直ぐに彼を見る。だが、紗衣の決断はわずかに遅かった。
薄い皮膜のようなものが、二人の心を遮った。
相手を見ることはできるのに決して触れられないもので、二人の気持ちが隔てられる。
それまで、熱っぽい眼差しでひたむきに紗衣を見ていた千織の眼差しが、急に蒼味を帯びてくる。
まるで高熱過ぎる炎だ。人を温めるものではなく、もろともに焼き尽くしてしまうような。蒼く、苛烈な瞳の輝きに紗衣は言葉を失った。
緊張に引きつった喉を鳴らし唾を呑んだのと、千織が紗衣の秘部に顔を伏せたのは、ほとんど同時だった。
形のよい鼻先が、成人女性にしては薄い恥毛をかき分ける。
想像だにしなかった光景に呆然とすれば、一拍置いて、ぬめるものが秘裂をなぞった。
「ひ、……あっ……!」
嬌声とも悲鳴とも付かぬ声を上げながら、紗衣は身をのたうたす。
くちゃくちゃと音を立てながら柔らかい舌で粘膜を舐められた途端、怖気に似たもので全身の毛が逆立ち、次いで、棘で引っかかれるような痺れに打ち据えられる。
足を踏ん張り耐えたくても、膝から先は中空に浮いている。
紗衣は、背を痛むほどきつく弓なりとしながら、爪先の指を内側に丸め喘ぐ。
硬くした舌先で淫裂を割り、周囲を飾る薄い媚唇をふやけるほどしゃぶり、千織は処女の蜜口を丹念にほぐしていく。
周囲を飾る媚襞を唇に挟んだり揉んだりしながら、じっくりと濡らしふやかす。
かと思えば、ほころびだした淫裂に舌先を添わせ、つうっと周囲をくすぐり舐める。
指でするのとは違う、焦れったく思わせぶりな刺激を与えられ続ければ、生理的な欲求から未開な蜜口でも反応しだす。
ひくん、ひくんと、脈打つようにわななく襞を愛でるように弾き、唾液をまとわりつかせながら、千織は会陰の部分から茂み近くまで、余すことなく舐め上げる。
「ふぁ……ぁあ、やあ……」
蕩けていく。
温かく柔らかい舌で舐められた部分が、淫液や唾液でぬめるごとに、肉体の輪郭が消え、自分が溶けていくような心地を味わう。
不安だったはずなのに、優しく丹念に舐められるにつれ、緊張や不安といった硬くて冷たいものが、とろとろと蕩け消えていくようだ。
(気持ち、いい……?)
やるせなく震え、身体を走る疼きに翻弄されながら、朧気に理解する。
「ん、ぁ……あ」
甘く、媚びねだるような声が鼻から抜けた瞬間、千織が肉に埋もれる淫芯を舌で弾いた。
「ひっ、ぁ……ああん、んっ」
身を走る鋭い快感で、まぶたの裏に火花が散った。
柔かな包皮に包まれた肉粒には、神経が凝る。
誰も触れない、どころか自分さえ触れないその場所は、女の弱点に他ならない。そこを狙って舌で弾かれたのだ。
ぱあんと、ガラスが割れるような音が頭の奥で響き、破片となった快楽があちこちを疼かせる。
「んっ、ふ、……あっ、ああ……、あ!」
感じすぎて辛い。圧倒的な刺激にさらされたせいで生理的な涙がとめどなく頬を濡らす。
なのに千織はもっとと急かすように、紗衣の花芯を激しく吸い上げる。
「んっ、ああっ…………!」
身を貫く強烈な快感に、すべての筋が引きつり達す。
反らした喉も、乳房も、下腹部も、激しく弛緩を繰り返し、悦に灼かれた紗衣の意識がぶつりと切れた。
だが失神が許されたのは、ほんの数秒だった。
初めての絶頂に理解が追いつく暇もなく、千織は淫芽の根元を歯で甘噛みする。
「……ぃっ、ひっ!」
舐められるだけでもおかしくなる部位に、歯を立てられたのだからたまらない。
鋭い痛みで覚醒を強いられた紗衣は、泣き濡れた顔で目をみはる。
涙でぼやけ歪む視界には、変わらず、冷たい眼差しをした千織がいた。
彼は、紗衣が痛みにおびえた表情を見せるや否や、ぞろりと舌全体を使って噛んだ部分を舐め癒やし、小さな粒をひくつかせ、紗衣が気をやると再び噛みつく。
傷つけないよう、絶妙に力を加減しつつ、千織は快楽と痛みを飴と鞭のように使い分け、紗衣を快楽の沼に落とし、沈め、引き上げる。
逃がさないどころか、逃げようとする意思すらくじこうと、執念じみた意図で行われる愛撫は、甘く淫らな拷問だ。
「ああ、あ……ちお、り……まっ、て……も、無理ぃ……ああっ」
二度三度どころか優に十回は達かされ、息も絶え絶えに訴えるが、まるで聞いてもらえない。
「んぁっ……ぁ!」
上りつめ、気を飛ばすことも許されず、壊れた玩具みたいにがくがくと腰を震わせ、息をするだけでも感じてしまう。
その頃にはもう、秘部を弄るものは舌から指に変わっており、違和感を覚える間もなくするりと蜜筒に差し込まれていた。
「……んっ」
むずがる動きで頭をくゆらせ、紗衣は眉を寄せた。
絶頂に次ぐ絶頂で媚肉は紗衣の意思とは関係なく、ぐずぐずに蕩けきっていた。
具合を確かめる風にして、ぐるりと中を掻き回されても、あるのはわずかな異物感だけで、拒絶にきつく締まることもなく、紗衣の鼓動に合わせ緩やかに波打つばかり。
それでも、未開の地は狭いらしく、中を探っていた千織が漏らす。
「随分と濡れほぐれてきたが、まだ、きついな……。大丈夫か紗衣」
身を乗り上げ、指を隘路にとどめたまま、千織が空いた左手で紗衣の頬を優しく撫でる。
その頃にはもう、指を動かすのもおっくうなほど気怠くなっていて、意識は尚更あやふやだった。
「わから、ない」
どうして千織とこんなことになっているのか、このあとどうなるのかさえも思いつかぬまま、ただ、素直に感じたことを伝えれば、千織が額と額をそっと合わせ苦笑する。
「わからない、か……」
あまりにも沢山のことがありすぎて、頭がまるで追いつかない。
静かに閉ざしたまぶたの裏に、断片的な景色が浮かんでは消えていく。
真っ白な婚礼衣装、誓いの言葉を促す神父の声、ステンドグラスの光。
(結婚式で、佳那が逃げて、私が身代わりの花嫁に……でも、身代わりじゃなくて本当に籍が入っていて、それで、どうして、どうなって)
らちもない問い掛けがぐるぐる回る。その中に、憤怒の形相を見せる義母や、空港を背景に笑う妹の写真などが混ざるが、どうにも頭が朦朧とする。
「どうして、私……なんで?」
目を薄く開きながら尋ねれば、千織がきつく唇を引き結び、それから、意を決した様子で告げる。
「結婚したからだよ」
――そうだったろうか。
そうだったかもしれない。いや、千織は妹の婚約者で、自分は身代わりで、身代わりだけど籍は入っていて、でも、と思考がまた混乱しだす。
「ど、して……結婚したの、かしら」
なに一つ確信が持てないことに困り果て、尋ねると、千織はしばし黙り込み、それから紗衣の額に唇を触れさせ静かに告げた。
「好きだから。ずっと、ずっと、好きだったから。……だから、結婚して初夜に君を抱いている」
当たり前のような口ぶりだが、声が切ないほど沈んでいる。
――嘘だ。と思った。
千織は嘘をついている。きっと、そんなことはない。
(だけど、嘘と否定して、どうなるというの)
荒れていた呼吸が落ち着きだすのに合わせ、自分の立場が思い起こされる。
そうだった。自分は佳那が、妹が戻るまでの身代わりにすぎない。
だとしても、今、ここで千織と肌を合わせているのは、他ならない自分だとも思う。
理由が代用品だからであろうと、人質として逃がさないための手段だろうと、抱かれているのは妹ではなく自分だ。
合わせる肌からにじむ熱が、紗衣の良識を灼き焦がし、代わりに恋情の炎を掻き立てる。
――それなら、それでもいいではないか。
嘘でも、一晩だけでも、千織に求められているのであれば、その事実に浸ってもいいのではないか。
ずっと、ずっと好きだった。だから結婚したという、千織の優しい嘘に手を伸ばす。
掴めばきっと後悔する。わかっている。
妹の夫と不埒な関係になったそしりを受けるのはもちろん、義母は決して許さない。
だけど。
(千織さんと、こうなることなんて、今後二度とない)
翌朝には、投げやりになって紗衣を抱いたことを、千織も後悔する。
どちらにせよ、紗衣は、佳那の結婚と同時に家を出るつもりだったのだ。
避けられても、うとまれても、今後一切関わらなければ、それで済む。
意を決し、紗衣は優しい嘘を毒と知りつつ呑み込んだ。
「私も、千織さんが、好き」