ただの契約結婚なのに肉食獣の溺愛Hが激しすぎます!? ~美童貞による際限のない淫欲と悶えるほどの快楽~
著者:太田まりえ
イラスト:カトーナオ
発売日:2024年 5月31日
定価:620円+税
優愛の夫は人気急上昇中のマルチタレント、大河原蒼だ。
テレビではクールな蒼だが、優愛には優しく気遣いをかかさないまさに理想の旦那さまである。
しかし、優愛はその生活にどこか居心地の悪さを覚えている……。
なぜなら、この生活は優愛の姉で蒼のマネージャーである若葉に頼まれた、蒼の女性恐怖症を和らげるための契約結婚で、彼は「愛妻家の夫」を演じているだけなのだから……!
過去の経験から酷い女性恐怖症になってしまった蒼と就職先が倒産してしまったばかりの優愛。
利害の一致から始まった2人の新婚生活だが、お互いの歩み寄りにより徐々に打ち解けていく。
蒼の演技の練習にも付き合うようになり、それを彼が冗談めかして〝大河原夫妻の夜の儀式〟と呼ぶことが日常になった頃……ある夜、彼がエゴサをして落ち込んでいるところを発見してしまい……。
「ねえ、優愛。抱きしめてもいい……?」
その日から、演技の練習の後には彼の女性恐怖症の治療と称したスキンシップが加わって――!?
【人物紹介】
村井優愛(むらい ゆあ)
おっとりした性格でお人好しな27歳。
料理上手で、蒼と契約結婚する前は惣菜屋で働いていたが、潰れてしまったため無職に……。
スレンダーで仕事のできる姉と自分をつい比べてしまうところがある。
大河原蒼(おおかわら あお)
元モデルで、現在は俳優業に挑戦するマルチタレントの32歳。
テレビではクールな一匹狼で通っているが、素は優しくて人見知り。
極度の女性恐怖症のせいで仕事先でトラブルを起こしてしまい、克服のために優愛との契約結婚を受け入れたのだが、優しい優愛にだんだん惹かれていって……。
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【試し読み】
蒼は優愛の首筋に顔を埋めるようにして彼女を抱きしめた。心なしか呼吸が荒い気がして、優愛の方が心配になる。
「……あの……気持ち悪く、ない……?」
「全然。――あの、さ。優愛なら大丈夫な気がするから、抱きしめて、もらえないかな?」
覚悟と不安の入り混じった、少しだけ震える蒼の声。
女性恐怖症の彼を慮り、ずっと優愛から蒼に手を伸ばすことは避けていた。
傷つけてしまうのではないか、とか。やっぱり無理だと拒まれるのではないか、とか。いろいろな躊躇はあるが、そんな優愛を後押ししたのもまた蒼の方で。
「お願い」
そう小さく懇願されてしまえば、もとより彼を抱きしめたかった優愛に断る理由はない。
恐る恐る背中に両手を回すと、いっそう密着した肌から、自分よりも高い蒼の体温が伝わってくる。
「やっぱり、優愛なら大丈夫だった……」
安心したように頭上でそう呟いた蒼に、優愛は「ん」と小さく返事をした。
どれくらいそうして抱き合っていただろう。
不意にぺろりと首を舐められ、優愛の口から思わず声が漏れた。
「んっ、……ぁ」
「優愛ってくすぐったがり?」
すっかりリラックスした様子でくすくす笑う蒼は、自分のせいで優愛が悶えていることが嬉しいらしく、繰り返し同じ箇所を舌先でなぞる。熱い息とざらりとした舌の感触に、ぞくぞくとした甘い疼きが優愛の腰を走る。
「……ん、ゃあ……そこ、くすぐったいからぁ……!」
「んー? じゃあこっちは?」
「っ、ァあ!」
蒼の熱い舌に鎖骨の窪みをぺろりと舐められ、甘美な刺激に身をよじる。はしたなく漏れた自分のものとは思えないような声に恥ずかしくなるが、蒼の方はますます嬉しそうに微笑んでいる気配がする。
「くすぐったいだけじゃなくて、気持ち良さそうだね」
少しずつ下がっていく蒼の唇は、あっさりと優愛の胸に辿り着いた。
「こっちも可愛い……」
何の話だろう。ぼんやりした頭でそう思った瞬間、右胸のかたい乳嘴が蒼の唇に挟まれた。
「ぁ、ああんっ!」
敏感になった蕾は、蒼の上下の唇にやわやわと扱かれ、そのたびに苦しいほどの愉悦が体内で湧き起こる。
「――ぁ、両方は、……だめぇ……っ!」
一方の乳頭が蒼の口内に招き入れられ、それと同時に、もう一方は彼の手に包み込まれた。ぢゅっ、と音を立てて吸われることに気を取られても、次の瞬間にはもう片方が親指の先による摩擦を受ける。左右のふくらみに与えられる異なる刺激に翻弄され、息が上がる。休む間もなく続く快楽で跳ねる体が、蒼の皮膚と触れ合って歓喜する。
体に籠った熱が行き場を求める。自然と太ももを擦り合わせれば、蒼は当然それに気づいて動きを止めた。
「優愛……?」
そう問いかける不安げな声と共に、蒼の右手がそろそろと優愛の脚に添えられた。
「どこか痛いの?」
この場面で見当違いな痛みの心配をする彼は、容姿に反して、本当に色恋ごとに無縁なまま生きてきたのだろう。
深刻な顔で眉根を寄せる蒼の様子からは、本気で優愛のことを案じてくれているのが伝わってくる。
なぜか宥めるように太ももの外側部分を数回さすられて、意図したわけでもないのに声が上擦ってしまう。
「……ちが、――気持ち、よくて……それで……」
勇気を出して告げたのに、それでもやっぱり恥ずかしい。
けれど、優愛以上に顔を赤くしたのは、蒼の方で。
「――っ!」
視線を逸らし、手の甲で口元を押さえた彼を見上げて、あぁ、恥ずかしがる顔は初めて見たな、と場違いなことを考える。一拍おいて優愛の顔を向き直った蒼は、不満そうに唇を尖らせた。
「……優愛のせいで、もっとしたくなった」
言うが早いか、蒼は、壊れものを扱うかのごとき手つきで、どこまでも丁寧に優愛のハーフパンツとショーツを引き下げた。
自分だけ生まれたままの姿にされているのにぼんやりとしか羞恥心を感じないのは、目の前の彼が、まるで西洋絵画の裸婦でも見るかのようにうっとりとしているせいだろう。
「女の人をきれいだと思ったの、初めてだ――」
ぽつりとこぼれた言葉に身に余る称賛を聞き取り、優愛の方が歓喜に溺れてしまいそうになる。蒼の視線が、大きな胸やグラマーな体つきではなく、きちんと彼女の瞳に向けられていることも、今の優愛の自信につながった。
(私も、もっとしてほしくなったよ……)
それを言えば蒼の負担になるだろう、と思うだけの自制心はかろうじて残っていた。
それでも、黙っていたはずなのに蒼に気持ちが通じたかのようにまたくすぐるように首筋から鎖骨、鎖骨から胸の谷間、と指を這わされ、その微かな刺激が嬉しくてぴくんと体が震えた。爪が短く整えられた、蒼の少し骨ばった指先は、優愛の鳩尾を通って臍の窪みさえも愛でる。必死で息も声も押し殺していた優愛も、彼の手が太ももに添えられた瞬間、たまらず声を上げた。
「っ、ぁ! そこ、は……」
「……濡れてる」
隙間から蜜口に辿り着いた蒼の指が、こぷこぷと溢れ出る淫蜜を絡め取る。
「――痛かったら、言って?」
優愛を案ずるような真剣な眼差しは、まるで本当に大事にされているかのような錯覚に陥る。
彼女の同意がなければその先には進まない。――言葉もなくそう告げる蒼の中指は、静かに亀裂を上下するばかりで、決して優愛のナカを満たしてくれることはない。焦ったいほどのむずがゆさに泣きそうになり、必死でこくこくと頷いた。
「……言う、言うからぁ……!」
器用に上体を倒し、左腕だけで自身の体を支えた蒼は、優愛の耳元で「ここ、とろとろ」と囁いた。それと同時に、彼の中指がぬめりを帯びた隘路に少しずつ挿入され、優愛は我慢できずに声をあげる。
「ァあ、ッ――!」
音もなく、ゆっくりすぎるほどのスピードで優愛のナカに沈んでいく指は、きつく閉ざされた内壁をこする。そのたびに湧き上がる悦楽が波紋のように全身に広がっていくのを感じた。
(何、これ。気持ちいい――)
性体験がない、というわけでない。ただ、それはあくまで専門学校時代になんとなく付き合っていた彼氏との片手で足りるほどしかない乏しい経験値で。世間一般では自分なんてほとんど未経験に近い部類だろう、という自覚はある。当然、悶えるほどの快楽の記憶もなく、相手が気持ちよくなるだけの行為なのだと思っていた。
「優愛……?」
痛い? と問う声は不安そうで、どこまでも彼女を案じてくれる彼を安心させたくて、そっと抱きつく。抱擁が拒まれることはなく、優愛の方が安堵してしまう。
「大丈夫。痛く、ない……」
「――良かった」
嬉しいよ、という呟きに、優愛の体からくたりと力が抜けた。
それがわかったのか、彼女のナカにある蒼の指は、またそっと探るように内壁を引っ掻き始めた。
「どこが気持ちいい? 教えて……?」
「そんな、……ゃ、わかんな――」
答えられるはずもない質問から逃げたはずが、きゅうきゅうと指を締めつけて離さないことに気づかれないはずもなく。
「じゃあ優愛の体に聞いてみる。演技が下手だからすぐにわかるよ」
からかうようにくすくすと笑う蒼が、あまりにも嬉しそうで、幸せそうで。
恥ずかしくてまたぎゅっとしがみつけば、同意と捉えた蒼はまた指を動かし始めた。
蜜口付近の浅瀬を擦り、淫窟の右も左も丁寧にこそいで蜜を掻き出し、奥深くの凹凸も余すことなく愛でる。びくびくと震える媚肉のある一点を擦られた瞬間、優愛はたまらず嬌声を上げた。
「ッ、……ん、あぁっ! そこ、だめぇ……!」
「ここ? ここがいいの?」
同じ場所を何度か指の腹でとんとんと叩く仕草をされれば、あまりの気持ちよさに優愛は頷くことしかできなくなる。
「可愛い……」
朦朧とする意識の向こうで、蒼にそう囁かれたのは気のせいか。
聞き返す余裕もないまま、彼の手はずるりと引き抜かれた。
「ん、ヤぁ……!」
切なくて、寂しくて、苦しい。
自分が空っぽになってしまったかのような焦燥感に、ひくひくと隘路がわななく。
蒼を求めてねだる自身の浅ましさが恥ずかしいのに、なぜか彼はそんな優愛を見て目尻を下げると、彼女が何も言う前に「あげる」と囁いた。甘い声と共に、今度は二本の指が一気に奥まで押し込まれ、摩擦で電流のような愉悦が沸き起こる。
直後、ぬちゅ、っと卑猥な水音が聞こえた。
「あ、ぁぁあっ! ん、ゃ……それ、気持ち、良すぎるから、ァ……っ!」
先ほど見つけたばかりの優愛の弱点を、二本の長い指が遠慮なく愛撫する。
演技の基本は観察力、と常日頃から周囲の人間を注視しているらしい彼は、今もその才能を遺憾無く発揮して、優愛の微かなリアクションから絶妙な角度と力加減を見つけたらしい。
緩急をつけた抽挿は、すぐに優愛の弱いところばかりを攻め立てる激しいものへと変わった。
「――ゃ……っ、もう、無理……!」
とめどなく溢れ出る淫蜜は、優愛のおしりの方まで濡らしている。蒼もそれに気づいているのか、くちゅくちゅ、と、わざと音を立てているのではないかと思うほど、淫らな水音を奏でた。
それどころかおもむろに優愛の左胸に顔を寄せ、張り詰めた先端を口に含む。
舌のやわらかさと熱を感じた瞬間、今度はぢゅっ、と強く吸われ、優愛の口から悲鳴が漏れた。
「んんッ、……ぁぁあっ!」
仰け反るようにして快楽を逃そうとすれば、どうしてか、蒼に抱きしめられてしまう。もともと経験値が低い優愛が、やり場のない悦楽にそれほど耐えられるはずもない。
蒼の指は、突然、規則的な抽送をやめ、今度は弦楽器でも演奏するかのような繊細な動きに変わった。
「っ、んぁ……ぁ、っ……あああァ!」
もう無理――。そう言いたかったはずなのに、意味をなさない声をあげるので精一杯だ。
一本の指が優しく、敏感な粘膜の表面を弾き、それを追いかけるように、もう一本の指が肉壁を摩擦する。
「んぁ、やぁ、そこばっかり、――っ!」
「すごい、ここ、熱くなってる」
「ヤ、そこで喋らないで……!」
乳嘴を咥えたままで感嘆の声を漏らす蒼に、優愛の方がくらくらしてしまう。
吐息がかかるだけで胸の先端から甘い疼きが走り、無意識に太ももに力が入った。それに気をよくしたのか、嬉しげに喉を鳴らした蒼が、胸の飾りを舐め転がす。
にゅるりと音がしそうな愛撫は、たちまち隘路の指と同じリズムを刻み始めた。
「ぁ、ぁああっ!」
ぐちゅん、ぐちゅん、と断続的に与えられる刺激が気持ちいい。
蜜窟を縦横無尽に動き回る指が優愛をより深い快感へと誘う。それに加えて、時折、優しく歯の先で胸のしこりを甘噛みされれば、経験値の低い彼女はひとたまりもない。
(もう無理! イっちゃう――!)
限界を悟った瞬間、どくん、と全身が大きく震えた。びくんびくん、と断続的に痙攣する内壁は、蒼の指を締め上げる。その奥に溜まっていた淫熱が弾け、優愛のまぶたの裏側で火花が散る。
(こんなの、初めて――)
全身がぐったりと重たい。
隘路と言わず、胸と言わず、蒼に愛撫された場所は勿論、足指の先まで全身が気怠い。
乱れた自分の呼吸だけを聞きながら、真っ白な時間を過ごすこと数分。あるいは、実際には一分にも満たなかったのかもしれない。
なんとか思考を立て直し、自分の部屋に戻らなければ、と思った瞬間、背後に人肌を感じた。蒼に後ろから抱き抱えられているのだ、と気づいたのと同じタイミングで、「ごめん」と耳元で囁かれる。
謝罪の意味を聞き返そうとしたが、首筋に顔を埋める蒼のせいで振り返ることができなかった。
けれど、意図を問う必要もなく、熱い吐息と共に、蒼の言葉は鼓膜をくすぐる。
「こういうことしたの、初めてだから、加減がわからなくて。――体、大丈夫……?」
「うん、平気」
少し嗄れた声でそう答えると、蒼の腕から少しだけ力が抜けた。それでも抱きしめられていることに変わりはなく、顔が見えないせいで先ほどとは違う意味で心拍数が上がる。
(……後悔してる、とか? それとも落ち込んでる……?)
女性恐怖症の蒼にとって、優愛に触れることは嫌悪でしかないはずだ。とは言え、今も彼女を抱きしめているのは彼の方で、矛盾も否定はできない。
何も言えないまま、静かに二人揃って呼吸するだけの時間が何秒経ったか。しばしの沈黙を破ったのは、蒼だった。
「なんか、俺ばっかり優愛にわがまま言ってる気がする……」
拗ねたような声をつい可愛いと思ってしまい、優愛は思わず吹き出した。それが気に入らなかったのか、蒼は、不満そうなうめき声を出す。
「優愛は、何も俺に言いたいわがままはないの?」
「わがまま?」
「そう。アクセサリーでも服でも、何かほしいものはない?」
ふるふると首を横に振れば、「そうだと思った」と残念そうに呟かれる。
「じゃあ行きたいところは? 食べたいものとか?」
少し考え、それでも同じようにふるふると頭を振って否定の意を伝える。
答えを予測していたのか、蒼は再び「そうだと思った」と面白くなさそうに付け加えた。
こうなってくると、何も頼まないのも心苦しくなるのが人情だろう。優愛はふと名案を思いつき、おずおずと口を開いた。
「あ、でも、ひとつだけ。――腕枕、してほしい」
「腕枕?」
背後でふわりと笑う気配がした。次の瞬間、優愛の視界がぐるっと回り、あっけなく願いが叶う。
あまりにもあっけなさすぎて、優愛の方が戸惑ってしまうほどだ。
「あの……嫌じゃない……?」
全然、と囁く彼の唇が、そっと優愛の髪をかすめた。ちゅっ、と濡れた音と感触が続いて、額にキスをされたのだと悟る。
「――っ!」
驚いて両目を見開くと、次いで、彼の唇がこめかみにもう一つ、優しいキスをくれる。
「……なんか、突然したくなった」
視界の隅に見える蒼は、当然のこと、と言わんばかりの落ち着き払った様子だ。
「俺、誰かにキスしたの初めてだ」
「え!?」
「そこ、そんなに驚く?」
密着しているせいで、蒼が喉奥で笑うと、その振動が優愛にも伝わってくる。
不意に、出会った頃の彼からは信じられないくらいの成長を遂げているのだと悟り、まるで自分のことのように誇らしい気持ちが湧き上がってきた。
「初めてだよ。俺、今も優愛以外の女の人が苦手だから近づけないし、触れない。もちろん、仕事中は精一杯平気なふりして我慢してるけど」
「そう、なんだ……」
なんと声をかけたらいいのかわからず、ただ事実を受け止めるだけの相槌になってしまう。けれど、蒼はそれが心地よかったようで、優愛のつむじに顎を乗せるようなかたちで彼女を抱き寄せると、うん、と低く囁いた。
「――あの人……ハハオヤが、無責任っていうか、性的に奔放な人でさ。専業主婦だったらしいんだけど、家事はそっちのけで、子どもの俺にもわかるくらいの不倫と浮気を繰り返してたんだ。で、俺が小学校低学年くらいの頃に出てった。薄情なのかもしれないけど、世話された記憶とか、育ててもらった恩とか、ほとんどないんだよね」
肩に感じる蒼の力が強くなり、優愛もまた、しがみつくようにして彼を抱きしめる。
唐突に、そして淡々と告げられた蒼の過去に、優愛の胸が締めつけられる。
蒼の母の本心は知らないが、それでも彼女に捨てられたと感じた、まだ幼い蒼を思い、瞼の裏が熱くなる。
「初めは、父親とふたり暮らししてた。でも、親父もしばらく頑張ってくれてたみたいなんだけど、転勤と出張が多い仕事だったから、父方の祖母の家に預けられたんだ。祖母は祖母で、俺の存在が気に入らないんだろうな、っていうのはすぐにわかったから、中学からは全寮制の男子校に進んだし、そこにいたのも三年くらいだったけど……」
語られない部分の記憶がどれほど切なくて悲しいものなのか、蒼の自嘲めいた話し口から滲み出る。
(あぁ、それで――)
契約結婚を提案された晩、姉が優愛に頼んだ『普通の家庭料理を多めに出してあげてくれる?』の本当の意味を知る。マネージャーの姉は蒼の過去を知っていても不思議ではないし、仕事熱心すぎるきらいはあれど、優しさはある人だ。
きんぴらごぼう。肉じゃが。ハンバーグ。――蒼が『美味しい』と残さず食べてくれた料理をひとつずつ思い出す。どれも、優愛自身が幼い頃に母親に作ってもらったメニューばかり。
かけられる言葉も見つからず、ただそっと肩や二の腕を撫でてあげることしかできないのが歯がゆい。
「ごめん。なんで俺、こんな話しちゃったんだろ。忘れてくれていいから」
急に声のトーンを変えた蒼だったが、それでも、微かに震えている手を誤魔化せていない。
優愛は、せめてもの優しさのつもりで、気づかないふりで「うん」とだけ返した。
(ここで一緒に寝たら、迷惑かな……?)
肉体的な疲労もさることながら、今、目の前にいる蒼が、まるで母親に捨てられた時の小さな男の子に見えてしまい、ひとりにするのも嫌だった。心細さを全身から滲み出させる様子は、事故で両親を亡くした直後の自分とも重なってしまう。
幸い、蒼の方も優愛を部屋に帰すつもりはなかったようで、器用に優愛を抱いたまま枕元のライトに手を伸ばした。
「おやすみ、優愛」
「あ、おやすみなさい……」
抱きしめられたままで眠れるかな? そう考えたのは一瞬で、疲労のせいか、優愛は気づかぬうちにまぶたを閉じていた。