溺あま御曹司は地味OLを独占したい ~頑張らないで素直に甘えて~

書籍情報

溺あま御曹司は地味OLを独占したい
~頑張らないで素直に甘えて~

著者:水戸けい
イラスト:桜之こまこ
発売日:7月29日
定価:620円+税

真面目がとりえの優等生・晴美は、妹の結婚をきっかけに自己改革することを決意する。
その第一歩として訪れた飲み屋にて、晴美は酔っぱらいに絡まれたあげく、助けてくれた男性と一夜を共にしてしまう。
しかし、なんとその相手は疎遠になっていた幼馴染であり老舗呉服店の御曹司・伸だった。
数年ぶりの再会にも関わらず、「晴ちゃん」と昔のような距離感で接してくる伸に戸惑うも、彼は意外な提案をする。
「自分を変える晴ちゃんの手伝いを、させてほしいんだ」
甘えることに慣れていない晴美は、悩みながらも、自分を変えるために伸の手を取って――……。

【人物紹介】

富山晴美(とやまはるみ)
真面目でしっかり者だが、人に頼ることが苦手のため損な役回りをさせられがち。
自由人な妹の結婚を機に、今までの自分を変えることを決意する。
伸に恋していたが、自分とでは釣り合わないと距離をとりそのまま疎遠になっていた。

天草伸(あまくさしん)
江戸時代から続く老舗呉服店の御曹司。
晴美とは小学校時代の同級生で、誰にでも親切な彼女に憧れを抱いていた。
優しく穏やかな性格。晴美を「晴ちゃん」と呼ぶ。

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【試し読み】


「ここにいる間、晴ちゃんはお姫様だ。しっかり者のお姉ちゃんじゃなく、何もできない深窓のお姫様。いいね?」

 うっとりとした口調で言われ、身を硬くする。

「私、そんな柄じゃない」

 いくら夢見たって、お姫様になんてなれやしないとわかっている。自信なくうつむくと、無邪気な笑みを浮かべた伸に顔を覗き込まれた。

「それなら、僕の飼い猫って設定にしておく? お姫様よりは、気が楽じゃないかな」

 彼の瞳が妖しい光を帯びている。とろりとした笑顔に、晴美の心は吸い込まれた。

「晴ちゃん」

 蠱惑的なささやきに理性が揺れる。自分を求める男の視線がここにある。彼に手を伸ばせば、自分を変えることができるだろうか?
 希望と緊張に喉が小さく鳴った。ほうっと小さな息が漏れて、唇がわずかに開く。意図せずキスを求める形になった口元に、唇を重ねられた。何度もついばまれ、薄く開いた隙間に舌を差し込まれた。唇の裏をなぞられて歯茎をくすぐられ、上顎を擦られて舌を撫でられる。

「ふ……はぁ、あ」

 こまやかな舌の動きにじんわりとした快感が湧いてくる。全身の産毛がざわめいて、細胞のひとつひとつが目覚めていく。

「ぅ……ふぅ、ん……うっ、う」

 なんて丁寧なキスなんだろう。晴美は間近にある伸の瞳を見つめた。彼の目は晴美の反応を見逃すまいと、まっすぐに晴美を見ている。
 こんなキスをしてくれた人はいなかった。
 経験は少ないけれど、ゼロではない。これまで付き合った相手の誰もが自分のしたいように、晴美を気にする様子もなくキスをして、肌をむさぼり、深いところに侵入して体を揺らした。晴美はいつも相手に合わせていただけだった。それが普通だと思っていた。セックスが楽しいとか、溺れるとか、異次元の感覚だと思っていた。自分はもしかしたら不感症なのかもしれないと考えたこともあった。そのくらい、キスもセックスも相手が求めるからする行為であり、したいとも思わない。ただ〝付き合っている証拠〟を得るためのものでしかなかった。
 それなのに、今は――。

「はふっ、は、ぁ……ぅ、うう」

 キスだけで、体中が震えるほどに感じてしまっている。口の中で生まれた官能が喉を通って全身に広がっていく。ツンと尖った胸の先が、呼吸に合わせてTシャツに擦れた。

「ふっ」

 かすかな喜悦の息が鼻から漏れて、全身が淫らにとろける。
(どうしよう……気持ちいい)
 伸の首に腕を回していいのかどうか、迷う指を握りしめた。たっぷりと時間をかけてまさぐられた口腔から湧きあがる、甘美な蜜に酔う。

「ふ、ぅ」

 悩ましい吐息を舌ごと吸われて腰が震えた。じわりと女の園に潤いが滲む。キュッと太腿を強く重ねて、疼くそこを押さえつけた。
(キスだけで、濡れちゃうなんて……!)
 はしたないと自分を叱る。けれど体は止まらない。もっともっと気持ちよくなれるんだよと、本能が理性を誘惑する。昨夜、たっぷりと味わったでしょう、と――。

「あぁ……あ、ぁ」

 えもいわれぬ快感を味わった昨夜の情交が記憶の底からふわりと浮かんで、晴美の理性をとろかせる。このまま伸に身をゆだねれば、極上の時間を味わえる。しかしこのまま流されるように彼を受け入れるには、抵抗があった。
 晴美の迷いに気がついたのか、伸の唇が離れた。

「晴ちゃん……僕じゃ、ダメかな?」

 おずおずと切なげに問われて、晴美の胸はキュウンと絞られた。愛しさが滴って、彼への恋心がよみがえる。

「天草くん、私……でも、その」

「変わろうって行動をするのは、きっと不安で怖いよね。だけど、僕を信じてほしい。晴ちゃんの力になりたいんだ。もうすでに弱みを見せてしまった僕なら、甘えてみてもいいんじゃないかな? ひとりより、誰かと一緒のほうが行動できると思う。何より、見ず知らずの誰かよりも、素性がわかっている僕のほうが安心だよ」

 頬を撫でられて、酔った勢いで「いっそ、誰でもいいから授かり婚でもしちゃったら、親も褒めてくれるかも」と、やけくそ気味にこぼした自分を思い出す。
 彼はそれを気にしてくれているのだ。授かり婚とまではいかなくとも、行きずりの見知らぬ男と関係を持つよりも、どこの誰なのか素性がわかっている自分を相手にすればいい。危険を回避できるし、行動をしたという事実もできる。そのための力になると言ってくれている。
(同情されているんだ)
 それほど弱音を吐いた昨日の自分は、危うく見えたのか。自分のうっぷん晴らしのために、彼を利用してもいいのだろうか。
(甘えてしまって、いいのかな)
 頼りたい気持ちが湧いてきて、彼の提案に流されたくなる。普段の自分なら、絶対に突っぱねていた。しかし今は、いつもの自分ではない。長期休みの間に、今までとは違う行動をしようと決めた。ひとりで未知の世界に飛び込むよりも、伸が付き合ってくれるなら安心感もある。
(この機会を逃したら、私は結局、変われないままかもしれない)
 行動することに尻込みをして、親の小言に鬱々とした日々を送り、妹と比較して変われない自分を呪って生きていく未来が見える。
(……だったら、短い期間の夢ってことにして、受け入れよう)
 せっかくのチャンスなのだから、怖いし不安だけれども流されてしまおう。彼の申し出を、ありがたく受け入れよう。

「ええと、じゃあ……その、よ……よろしくお願いします」

 決心をして伸の視線を受け止めると、彼の唇がほころんだ。額にキスをされて、まぶた、頬、唇と順番に触れられる。首筋を吸われ、胸下までTシャツをたくしあげられた。ドキドキと心音が高まって、身を硬くする。

「晴ちゃん……かわいい」

 ささやきに心がときめく。熱っぽい伸の息が肌に触れると、体のこわばりがだんだんと溶けていく。

「は、ぁ……あ、あぁ……っ」

 唇や手のひらでくすぐられるたびに、淡い声がこぼれてしまう。喉を反らして吐息交じりの声を漏らし、目を閉じて与えられる刺激に集中した。腰から背中を撫で上げられて、頭の芯が快感にはじける。

「きゃんっ」
「背中、気持ちいいんだ?」

 高い悲鳴に自分でも驚いて、口をつぐんで首を振る。クスクスと笑った伸に背中を撫でられ、ゾクゾクと湧きあがる悦楽に子犬のような声が出た。

「ふ、ぅう、ん……んっ、んんぅ」
「ガマンしないで。声、聞きたい」

 耳たぶを唇で噛まれて、わき腹を撫でられる。伸の大きな手に乳房を包まれて、グッと寄せ上げられたかと思うと、やわやわと揉みしだかれた。耳の付け根に舌を這わされ、そこから首筋をなぞられて、鎖骨まで舌先でくすぐられた。

「はふ、ぅ……ぁ、は、恥ずかし……っ」
「じゃあ、恥ずかしいなんて思う余裕がなくなるくらい、気持ちよくなってもらえるようにがんばるね」

 もうすでに気持ちがいいのに、これ以上がんばられたら、どうなってしまうのだろう。期待とともに、未知に対する恐怖が生まれる。そんな晴美の気持ちを「わかっているよ」と言いたげに、伸の瞳が柔和にとろける。なにもかもを包み込むような優しい目の色に、晴美は腹の底に気合を入れた。付き合ってもらっているのに、尻込みをしてどうするのだと自分を叱る。

「私も、がんばる」
「がんばらない晴ちゃんにしたいのに、困ったな」

 眉を下げた伸の笑顔に見惚れて、ふっと気負っていた気持ちがほぐれた。軽いキスの後、伸の頭が乳房の間に移動した。
 小ぶりな乳房を壊れ物を扱うように撫でられて、腹の底が疼いた。女の園がひくついて、しっとりと肉の花が潤っていく。花弁がふっくらと淫らに開いて、蜜壺が脈動した。

「んっ、ふぅ……あ、ぁ、くすぐった、ぁ……んっ」
「晴ちゃんの甘い声で、僕もくすぐったくなってきたよ。もっともっと、晴ちゃんのかわいい声を聞かせて?」

 触ってほしいと存在を主張している乳頭を唇に含まれて舌先で弾かれると、ジィンと心地いい痺れが胸に響く。乳頭の存在感が増して、意識がそこに引き寄せられる。体中の細胞が、胸の先端に与えられる艶やかな刺激から生まれる官能の波を求めた。

「はぁ……あっ、あ……」

 チュクチュクと胸を吸われる感覚がくすぐったくて、伸の頭を両腕で抱きしめる。脚の間が疼いて疼いてたまらない。じっとしていられなくて腰を揺らすと、太腿の間に指を差し込まれた。

「っ、ああ……!」

 繁みを探られ、指を絡められる。クルクルとくすぐられて、軽く引っ張られると、根元に響く淡い甘さにチリっとした刺激が走った。秘裂の奥に隠れている花芯が目覚めて、トクリトクリと疼きはじめる。恥丘から降りた指に、秘所の先端を撫でられた。もっと奥に触れてほしくて、閉じていた太腿の力をゆるめて膝を開くと、伸の指に潤んだ花弁をかきわけられて、ぷっくりとふくらんだ疼く突起をつままれた。

「ひぁあんっ!」
「ここに触れてほしくて、僕を招いてくれたの?」

 淫らな微笑を含んだ煽情的な伸の問いに、晴美は大きくブルッと震えた。

「ねぇ、晴ちゃん」
「ふ、あ……い、意地悪しないで」
「意地悪なんて、していないよ……晴ちゃんがして欲しいことを、きちんと知りたいだけ」

 指の腹で花芯を押しつぶすようにこねられて、のけぞりながら悲鳴を上げた。恥ずかしいと思う余裕もないほどの強い快楽に、目の奥がチカチカする。奥からとめどなく蜜があふれて、ヒダとたわむれるように指が動くと濡れ音が響いた。

「んぁあ……あっ、ああ……っ」

 気持ちよすぎて怖くなる。もっとと求める欲望と、大きな波に呑み込まれてしまう恐怖の狭間に揺れる晴美は、伸にすがった。

「ふぁあ、あっ、あ……っ、ぁ、ああ」

 体の奥から何かが迫ってくる。

「やだ……あっ、なに……っ、ふ、ぁ」
「どうしたの? 晴ちゃん」
「わ、かんな……っ、何か……っ、く、くる……きてる……っ」

 怯えを含んだ晴美の息が、伸の唇にそっとすくい取られた。

「大丈夫だよ、晴ちゃん。怖がらなくていい。身をゆだねて、受け入れて?」
「んっ、無理……ダメ、あぁ、何これ……っ、わかんな……あ、ぁあ」

 じわりと瞳が潤んで、視界が揺れた。得体のしれない感覚の先に、かつてないほどの悦楽の予感を覚えて、晴美は歯を食いしばった。

「僕を信じて、晴ちゃん。受け入れて……僕が与えるものを、ね?」

 やわらかな声に、ふっと体の緊張がほどける。

「天草く……ん」

 気負いが抜けた、ほんの一瞬の隙を捉えた伸に過敏になった肉芽をギュッと絞られて、その瞬間は訪れた。

「あっ、あぁあああ……っ!」

 喉の奥から嬌声がほとばしり、全身を痙攣させて絶頂を味わった。あふれた愛液は伸の指だけでなく、椅子の座面まで濡らしてしまう。

「は、ぁ……あ……あ」

 小刻みに痙攣する晴美の腹に唇を寄せた伸が、興奮をたっぷり含んだ様子で「ちょっと待ってて」と言い置いて、どこかへ行った。残された晴美は、呆然とはじめての絶頂の余韻に包まれて、椅子の背にもたれかかった。
 すぐに戻ってきた伸が、口で小さなビニール包みのパッケージを切り、ベルトを外した。

「今度は一緒に、ふたりで気持ちよくなろう」

 ファスナーを下ろす伸の指に視線がつられる。隆々とたくましいものが取り出され、そそりたつ肉情に晴美は息を呑んだ。
 照れを含んだ微笑を浮かべて、封を切った包みからコンドームを出した伸が、それを装着するのを眺める。
(天草くんと、ひとつになるんだ)
 期待と緊張にドキドキと胸が高鳴る。伸の愛撫に咲いた陰花が淫らに揺れた。艶めいた羞恥と濃密な情欲を満面に浮かべて、晴美は伸を見上げた。

「いいよね?」

 頬に手を添えられて、コクリとうなずいた晴美の足が持ち上げられる。硬く熱いものが、濡れそぼった箇所にあてがわれた。

「入るね」

 優しい声とは裏腹に、猛々しいもので陰唇をつつかれる。濡れた花びらを切っ先で割り開かれて、迎える隘路がうごめいた。軽く腰を前後する伸は、晴美の様子を観察するみたいな顔で見下ろしてくる。気遣われているのだと、晴美の胸は喜びに締めつけられた。

「んっ、大丈夫……だから」

 淫靡な心地よさにとろける頬を持ち上げて、遠慮も気遣いも無用だと伸に伝える。うなずいた伸の腰が、ゆっくりと晴美に迫った。

「ぁ、は……ぁ、ああ」

 隘路に熱杭がさしかかり、ググッと先端が潜り込む。体内の空気が喉元へ押し出されるほどの圧迫感に、息が詰まった。喉を反らして喘ぐ唇を甘く吸われて、硬く大きなものの先端で膣内の口を擦られる。揺れるヒダが欲情の熱にまとわりついて、さらに奥へと誘い込んだ。

「晴ちゃん、すごい濡れてる」

 証拠を聞かせるように、伸が腰を大きく回して、花びらをグルリとなぞった。混ぜられた空気と愛液が、ぷちゅりくちゅ……と音を立てる。むずがゆさに似た悦楽が肉花に生まれて、蜜壺が空虚を訴えた。

「ふぁ、あっ、く……っ、ぁ」

 もどかしさに足指を握った晴美は、無意識に腰をくねらせた。悩ましくひそめられた眉根に、伸の額が重ねられる。

「苦しくない?」

 頭をこくこくと上下に動かして、彼の首にしがみつく。密着した肌に尖った乳首が押しつぶされて、ゆるやかに揺さぶられると先が擦れて気持ちよかった。

「は、ぁあ……んっ、ぁ、ああ」

 もっと欲しいと感じるセックスは初めてで、とまどいながらも本能に従って腰を揺らめかせる。

「積極的だね」

 耳に注がれたささやきに浮かんだ羞恥が、スパイスのように悦楽の甘さを引き立てる。悦楽に震える体をしっかりと抱きしめられて、蜜路に熱槍の切っ先が沈んだ。進んでは少し戻り、また進んでは少し戻るという慎重な動きを繰り返し、徐々に奥へと入っていく。ゆるやかな挿入に、くちゅ、ぷちゅ、と濡れた音が響いて、伸と繋がっているのだと意識した。

「ふぁ、あ……ぅ、くぅ……んっ」

 ゆっくりと時間をかけて、伸は奥を目指して進む。繊細で壊れやすい宝物を扱うような動きに、劣情の熱で薄桃に染まった晴美の肌がしっとりと汗を滲ませた。ここがどこで、今は何時で、さきほどまで何をしていたのかなどの意識が溶けてなくなり、身も心もすべて伸に塗りつぶされる。じっと晴美の表情を見つめてくる彼の瞳に、笑顔を返した。
 心の底から、気遣われている。
 直感に、心がふんわり浮遊した。かつての彼氏に、いくら「愛している」と言われても感じなかった充足感に満たされる。彼の視線が、晴美を大切に思っていると告げている。自分本位なセックスではなく、互いに気持ちよくなろうとしてくれている。
(ああ、なんて――)
 極上の幸福感に、晴美はとろけた。奥で伸を受け止めて、ゆるゆるとした律動が激しくなっていく過程を、愛おしさを込めて楽しむ。

「あんっ、あっ、は、はぁんっ、あっ、あっ」

 愛されている。
 大切にされている。
 求められている。
 喜びにうながされるまま、晴美は腰を揺らした。うれしそうに目じりを細めた伸にキスをされて、口づけを返す。

「ああ、晴ちゃん」
「んっ、ぁ……天草く、ぅん……っ」
「昔みたいに、名前で呼んでよ……ねぇ」

 甘えを含んだ要望に、晴美の心はトクリと震えた。少しさみしそうな瞳が目の前にある。

「……ぁ」

 息をこぼした晴美の唇が、下の名前を呼ぼうとしてとまどった。
 昔と言っても、名前で呼んでいたのは小学校低学年までだ。異性を意識する年頃になると、自然と苗字で呼ぶようになった。しかし伸は気にすることなく、晴美のことを〝晴ちゃん〟と呼び続けている。
 どうして、と、疑問が沸き上がる。昔は、気さくな性格だから男女の垣根など意識をしていないのだろうと考えていた。だが、今は違う。特別な理由があるのではと思ってしまった。彼にとって、より近しい存在だから名前で呼び続けてくれていたのだと思いたい。

「し……伸くん……っ」

 おそるおそる幼いころの呼び方を取り戻すと、胸に甘酸っぱさが広がった。無垢で純粋だった子ども時代。気負いも何もなく接していた日々。
(僕のお嫁さんになってください、なんて言われたこともあったっけ)
 甘くて苦い思い出に、ズシリと胸が重くなる。
 異性を意識し、恋のままごとがはじまった年頃から、多くの女の子に想いを寄せられる伸を勝手に遠く感じてしまった。名前で呼ぶことに気が引けて、苗字で呼ぶようになってしまった。
 呼び方を変えても、伸は何も言わなかった。気にされるほどではなかったのかと、ほんの少し落ち込んだ。しかし変わらず、伸は「晴ちゃん」と呼び続けてくれた。ほかの女の子たちとは違うのだと感じられて、誇らしかった。
 伸に恋をしていた時代の思い出が、彼の息遣いを感じる膣内から浮かんでくる。過去の淡い想いが現在と繋がって、恋しい気持ちで満たされた。

「っ、あぁ……伸くんっ、ああ、あっ、伸くん」

 本当は、ずっと「伸くん」と呼んでいたかった。呼び方を変えたのは、彼を意識したというより、周囲の変化に合わせたからだ。彼に想いを寄せる誰かに気を使って、人気者の彼と親しくするには私は平凡すぎると尻込みをして、距離を取った。かっこよくて優しくて、育ちのいい伸の隣に立つのは、特別な女の子でなければいけない。地味で普通でどこにでもいるような自分は、伸と親しくするのにふさわしくない。
 そう決めつけて、距離を取った。
 自信のなかった自分の弱さが、内側の熱にあぶりだされる。腹の底に抑え込んでいたものが、伸の力強い律動にノックをされて、飛び出していく。

「あっ、あぁ……伸くん」

 呼びたくて、けれど気が引けて呼べなかった。あのころの気持ちを吐き出すように、何度も何度も繰り返す。

「伸くん、伸く……っ、う、あぁあ」
「うん、晴ちゃん……もっと、もっと呼んで……もっと、ねぇ」

 望まれるまま、晴美は伸の名前を呼び続けた。体の内側からこわばりをほぐされて、とろとろになっていく。

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