
冷徹策士な公爵様は不遇の男爵令嬢にご執心のようです
著者:太田まりえ
イラスト:園見亜季
発売日:2025年 11月28日
定価:710円+税
流行り病で母を亡くし、借金まみれの父に裏切られたアティーナ・ペダーセン男爵家令嬢。
借金取りが彼女を攫い、ついに闇オークションにかけられてしまうーー!
そんな彼女を競り落としたのは、「氷の公爵」ことマーカス・レイナード・ウェスカー公爵だった。
マーカスの庇護のもと、新しい生活をスタートさせたアティーナは、甲斐甲斐しく世話を焼く彼に次第に心を開き始める……。
「アティーナ。きみは生きている。今から、きみを私のものにする――」
激しく淫靡に体を重ねたその日から、公爵はアティーナに対してさらに甘く過保護になっていきーー?
そんな日々を重ね、いつしかマーカスへの気持ちを募らせるようになっていったアティーナだったが……。
【人物紹介】
アティーナ・ペダーセン
流行り病で母を亡くした不遇な男爵令嬢。
気弱そうな雰囲気で、庇護欲をそそる。
父親の借金のせいで闇オークションにかけられていたところをマーカスに助けられて……?
マーカス・レイナード・ウェスカー・三世
ウェスカー公爵家当主。通称「氷の公爵」。
澄んだ碧い眼が特徴的な、見目麗しい貴公子。
常に冷静沈着な策士だが、アティーナに対しては甘く情熱的な一面を見せる。
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【試し読み】
「――お母様、どうして私も連れていってくださらなかったの……?」
思わず本音を溢した瞬間、堪えていた嗚咽が広すぎる寝室に響き渡った。
絶望に打ちひしがれたアティーナが寝台に上半身を投げ打った瞬間、背後から強引な仕草で抱きかかえられる。
まるでアティーナを現実世界に繋ぎ止めようとするかのような力強い腕。
ネグリジェ越しにもわかる、鍛え上げられたしなやかな男の上体。
清潔なシャボンと混じったムスクの香り。
いつの間にか寝室に姿を現した城主は、アティーナの孤独を真正面から受け止めようとでもするかのように、彼女を寝台の上で転がし、両腕を自身の大きな手で縫い留めた。
自由を奪われたというのに、恐怖は感じなかった。
「きみを案じて様子を見に来て正解だったな」
彼女を見下ろすマーカスの碧い双眸に、初めて翳りを見たせいだろう。痛々しげに眉根を寄せ、普段は形の良い唇を歪ませた彼は、かけるべき言葉を探しあぐねているようだ。
「アティーナ……」
初めて名を呼ばれた、という事実に、場違いにも心臓が跳ねた。
「きみは、生きるんだ――」
どこか聞き覚えのある言葉だ、と、思考力の鈍った頭の片隅で思う。
暖炉の薪が崩れたのか、小さく音を立てる。
「願わくは、私のために生きてほしい――」
彼のために生きる、というのは、どういう意味なのか。
あの場で買われたということは、自分は彼の愛玩用なのだろうか。
次々に浮かぶ疑問を口にすることもできないまま、目尻に、そして頬に、男のやわらかな唇を押しつけられた。
涙を拭っているつもりなのか、羽のように軽いその口づけは少しだけむず痒く、アティーナは困って身を捩る。なんとなく、昔、牧師が教会で保護していた大型犬を連想させる行為だと思う。狩猟犬だが人懐っこく、アティーナが落ち込んでいるときにはそっと鼻先を彼女に押しつけてきたものだ。
「――公爵、さ、ま……くすぐったい、です……」
慰めてくれていることは、わかる。ハッとしたように身を引いた彼に誤解されたくなくてたどたどしく理由を告げれば、なぜか目の前の男は微かに頬を赤く染めたように見えた。
「今宵は自制する心づもりだったが、きみは私の理性を焼き切るのが得意なようだ」
噛み合わない返答に戸惑う彼女をよそに、彼は一瞬だけアティーナの唇に自身のそれを重ねた。
触れるだけの口づけは、ぼんやりとさくらんぼの味がしたが、気のせいだろうか。
「アティーナ。きみは生きている。今から、きみを私のものにする――」
低く、かすれた声だった。
言葉の意味を理解するよりも先に、マーカスの額が彼女のそれにやさしく重なる。至近距離で彼女を見つめる眼は深い碧で、吸い込まれてしまいそうだ。
「悪いが、抵抗しても無駄だ」
恐ろしく真剣な物言いに、アティーナは小さく息を呑んだ。恐れや不安とは違う、もっと原始的な欲求が芽吹くのを感じる。
次の瞬間、薄く開いた唇の隙間にやわらかな何かが入り込み、戸惑う舌先に絡みつく。
「……ん、っ――」
甘いような苦いような不思議な味が、じわっと口内に広がる。
おそらく、夜食の際にマーカスが嗜んでいたアルコールの名残だろう。鼻を抜けるような酒精の気配に、そう理解する。
どうしていいのかわからず、ただ彼の舌に翻弄され、口の端からどちらのものかもわからない唾液がこぼれ、顎を濡らした。
「ん、ふ……っ」
やがて、味蕾を刺激していたマーカスの舌が、それだけでは飽き足らなくなったのか、アティーナの歯列を舐め、上顎の敏感な粘膜をくすぐり始めた。やさしいけれど執拗な愛撫に、寝台に押しつけられている背骨に甘い震えが走る。
(何、これ――? ふわふわして、気持ち、いい……)
唇同士を重ねるどころか、手の甲や頬に異性からキスを贈られた経験さえなかったのに、今は、それらとは比にならないほど淫らな行為に溺れそうになっている。
無意識に何かに縋ろうとしたアティーナの両手が、マーカスの夜着を掴んだ。
それを合図にしたように、彼の唇が、アティーナのそれからゆっくりと離れていく。
名残り惜しいとでも言いたげに、一度だけそっと彼女の顎を舐めたマーカスは、匂い立つほどの色香をまとった眼差しでアティーナの平凡な淡褐色の瞳を覗き込む。
「綺麗な榛色の瞳だ。唇も、よく熟れた神の果実を思わせる……」
彼女を射抜くような双眸が、その言葉とともに唇に向けられ、やがて、はだけたネグリジェの胸元へと下がっていくのがわかった。
平凡な瞳の色への耳慣れない賛辞は気恥ずかしく、アティーナの心臓が早鐘を打つ。
羞恥に打ち震える彼女の心境を知ってか知らずか、マーカスはネグリジェに広がったアティーナの薄灰色の髪を一房手に取ると、そのまま自身の唇に寄せた。
「公爵様――!」
王族に次ぐ爵位の男が男爵令嬢風情の髪に口づけをするなど、いくら寝室での秘めごととは言え、身分ある紳士の行為にしては、行き過ぎている。けれど、そう考えたのはアティーナだけだったようで、マーカスは、臆することなく彼女の髪に二度目のキスを落とした。
「書斎で仕事をしていても、きみのことばかり考えてしまって、まったく身が入らなかった。もっとも、それは今宵に限ったことではないが……」
色香のある流し目でアティーナを射抜いたマーカスは、彼女の髪をそっと羽布団に広げると、そのまま指先を胸元の釦に添えた。
「私のこと、を……?」
困惑を隠せずにそう問えば、目鼻立ちのはっきりした氷の公爵の顔に、自嘲めいた苦い笑みが浮かぶ。
「きみに触れたら、どんなふうなのだろう、と想像していた」
低いのに耳に心地良い声は、アティーナの予想だにしていなかったことを淡々と告げる。
「きみのここ数日のことを思えば、不謹慎だな。だが、アティーナ。きみのことになると、私はどうやら歯止めがきかないらしい……」
急なことで、と、しきりに恐縮していたメイドが着せてくれた寝衣はオフホワイトの簡素なものだ。とは言え、ウェスカー城で着るに相応しい絹製の質の高いもので、肌触りが良い。
そのせいで、素肌に馴染むくたりとした素材は、マーカスの長い指の近くで立ち上がりつつある乳嘴を逆に際立たせているのが明らかだ。
さすがの公爵家でも、何の前触れもなく連れて来られた未婚女性の来客用の下着までは用意がなかったようで、今のアティーナは、ネグリジェの下に何も身につけていない。すっかり失念していた事実を思い出して居た堪れず、頬がますます熱を帯びた。
「きみの雪のように白い肌が、朱に染まるだろうか」
一つ目の釦が、音もなく外される。
「その可愛らしい唇から、乱れた吐息が溢れるのだろうか」
熱に浮かされたように紡がれる公爵の言葉が、先ほどの書斎での夢想の続きなのだと悟り、視線でも声でも攻め嬲られているかのような錯覚に陥る。
そうしているあいだに二つ目の釦が外され、男の指が絹の上を滑るようにして三つ目の釦に添えられた。
「それに、きみは、見かけ通りに甘いのだろうか――、と」
するりと寝衣がはだけ、三つ目の釦が外れたのだとわかる。
待ちかねたとばかりにマーカスの手でアティーナの白い肌が薄暗い寝室で晒された。
栄養が不足しているせいで平均よりも痩せた彼女の肢体が、猛禽類の如き鋭い視線を受け止める。
「アティーナ……」
なんて切ない声で自分を呼ぶのだろう。
薄く開いた唇に、またも桜桃とアルコールの香りの口づけを与えられる。
今度は、アティーナを誘うように軽く舌で舌をくすぐられ、思わず彼を追いかければ、より深くて甘い酩酊感に揺さぶられる。
「――ん、……ふ、っ」
マーカスの右手が、アティーナの頬を愛おしむように撫ぜた。滑るように首筋を辿り、鎖骨の窪みに触れ、そしてそっとふくらみを包み込む。
「……んぁ、ぁ……!」
キスの合間に漏れた喘ぎ声に、マーカスが小さく口角を上げた気配がする。
プラムを剥いていたときと同じ――いや、それ以上の優しさと丁寧さで、男の指がやわらかな胸に沈んだ。
ふにふにと捏ねるような仕草は、くすぐったいというより、ただただ恥ずかしい。
「あの……公爵、さま……!」
堪らず声を上げ、執拗な愛撫から逃げるように身体をしならせば、それを諫めるように男の唇が細い首に吸いつく。
「唇もだが、きみはどこもかしこも想像していたより甘いな……」
「――ぁ、っ! それは、お風呂で、蜂蜜を使ったお手入れをしてもらったからで……!」
「ほう?」
真っ赤な舌をアティーナの首筋に這わせていたマーカスは、彼女の言葉に、低く喉を震わせて笑った。碧い瞳があやしく光り、やわいふくらみと戯れていた手が動きを止める。
「あぁ、っ! ゃ、そこ……!」
揶揄うように舐められたのは右のふくらみで、その瞬間、焦れるようなもどかしいような感覚が全身に走った。
それが嫌悪や拒絶ではないことを見て取ったのか、マーカスは何かを探るように丹念に白い肌に舌を這わせる。
予想もつかない動きに翻弄され、本能的に身体を揺すれば、その弾みで左胸の先端が男の手のひらに擦れた。敏感な蕾は、たちまち淫靡な熱を帯び、呼吸が乱れる。
「ん、ぁ……っ!」
そんなアティーナの痴態を、マーカスは、見逃すつもりなど毛頭ないようだった。
「ああ。ここが悦いのか……?」
語尾は質問のかたちを取りながらも、ほとんど独り言だったのだろう。アティーナの返事を待たず、マーカスはかたく尖った乳嘴を親指で転がす。ぞくりとした甘い疼きは胸から下腹部へと波紋のように広がり、押し殺した声が広い部屋に霧散した。
「んんっ――……!」
言語で肯定の意を伝える必要などなく、冷静にアティーナを視姦していた碧い双眸が、色香に満ちる気がした。
かつてペダーセン家の図書室で古びた科学の本から学んだこと――赤い炎より青い炎の方が熱い、という事象が真実なのだ、と、肌感覚で知る。
肉食獣に狙われた獲物のような心持ちで彼を見つめ返せば、アティーナ、とまた愛おしげに名を呼ばれた。
屈み込んだ男の唇に、淫猥にぷくりと立ち上がった蕾を食まれ、ずっと彼の夜着を掴んでいる手にさらに力が籠もる。
「ぁあっ、……ん、っ……!」
もう一方の尖りは、マーカスの指に転がされる。
左右で異なる旋律を奏でられれば、アティーナはひとたまりもない。
(身体、熱い……)
それも、普段は意識することのない下肢のつけ根に恥ずかしい熱の気配を感じる。
ブランクール王国は、大陸の他の国に比べれば、それほど貞操には厳しくない。結婚前に性交渉を持つこともままあり、そのため子どもたちは社交デビューの前後で性教育を施されるのが普通だ。
学の乏しいアティーナも、最低限の閨教育は受けたが、それはあくまでも曖昧で抽象的なもので。――今、自分の身体に起こっている変化は、教わっていたようなぼんやりとしたものとは全く異なり、アティーナは混乱する。
「公爵さ、ま……私、……おかし、くて」
泣き出したいような気持ちでそう伝えれば、目の前の男は、一瞬の間をおいた後、口元を微かに緩めた。そして、アティーナを安心させるように、彼女の瞳を覗き込む。
「きみが感じていることを言っているのなら、それは、おかしなことではない。きみが生きている証だ。ほら、こちらも――」
火照った身体を、少し骨ばった男の手がかすめた。そう感じた直後、微かな衣擦れの音と共に秘されていた下腹部が外気に触れる。
生まれたままの姿にされたのだ、と気づいたときには、マーカスの手は彼女の太腿に届いていた。そのままぐいと両脚を掴まれ、気づかぬうちにアティーナの脚のあいだに滑り込んでいた公爵が、彼女の腿を自身の肩にかける。
必然的に、もっとも秘めた場所を彼の眼前に曝け出すことになり、アティーナは声にならない声を上げた。


