淫らで甘い執着愛はセフレらしくない

書籍情報

淫らで甘い執着愛はセフレらしくない


著者:桜月海羽
イラスト:つきのおまめ
発売日:2021年 5月28日
定価:630円+税

派遣社員の衣梨奈は、数年前、訳あって自分から突如連絡を絶ってしまった元恋人の優大を忘れられずにいた。
ある日、共通の友人の結婚式で彼と再会した衣梨奈は、いつの間にかホテルで優大に押し倒されていた。
「俺とここで別れて、今度こそ全部忘れるつもりだった?」
そう問いかける彼の瞳に、怒りと欲望の火が灯っていることに気づいた衣梨奈は罪悪感から優大と一夜を過ごしてしまう。
やはり彼は、自分を捨てた衣梨奈を許してなかったのだろうか……そう思っていた矢先、優大と衣梨奈は仕事先で偶然再会して――!?

津村衣梨奈(つむらえりな)
元恋人の優大の働く『シブサワ堂』の本社に事務員として派遣されることに。
五年以上前に優大と別れて以来、高校時代の友人や彼と共通の友達とは連絡を絶っていた。
ぼんやりとした結婚願望はあるが、恋愛には後ろ向きになっている。意地っ張りな性格。

楢崎優大(ならさきゆうだい)
大手食品メーカー『シブサワ堂』本社の主任に新しく任命された、衣梨奈の元恋人。
大阪支社にいたころは営業部で働いており、営業成績が二年間トップだった。
人当たりがよくて優しく、男女問わず部下からは慕われており、上司にも信頼されている。

 

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【試し読み】

「起きたのか」
 ドアが開く音がして顔を上げれば、ベッドから少し離れた場所に優大が立っていた。 
 濡れた髪を無造作に拭きながら現れた彼は、どうやらシャワーを浴びていたらしい。
 髪から垂れる雫が、優大の首筋を伝って鎖骨を濡らす。しっとりと湿った肌がやけに生々しくて、衣梨奈に妙な緊張感を抱かせた。
「ご、ごめん……。迷惑、かけちゃったよね……」
 緩く纏ったバスローブ姿が、やけに艶めかしく見える。そのせいで声が震えてしまい、彼を直視することができなかった。
「水は飲めるか? シャワーはやめとけよ」
 冷蔵庫からペットボトルを出した優大が、それを差し出した。自分のコートがハンガーにかけられているのを目にし、彼が色々と面倒を見てくれたのだと察する。
「ありがとう……ございます。あの、本当にごめんなさい……」
 身の置き場がなく目を伏せる衣梨奈に、優大が小さく噴き出す。
「なにしおらしくなってるんだよ? さっきまで、『朝まで付き合えー』とか叫んでた奴が」
「うそっ……!」
 恥ずかし過ぎて、穴があったら入りたいとはまさにこのことである。
 いくら長年の後悔が溶け始めていたとはいえ、自分の言動はあまりにもひどい。さきほどの謝罪なんて、もう帳消しになっているだろう。
「嘘だよ」
 クッと笑った彼は、衣梨奈の顔を覗き込んで悪戯な表情を浮かべた。
「衣梨奈はただ酔い潰れて寝ただけで、それも俺が何杯も勧めたからだよな。俺の方こそ、ちゃんと確認しなくてごめん」
「優大は悪くないよ。大人なんだし、自己責任だから……」
 優大の手が衣梨奈の頭にポンと置かれ、彼が「それだけ気を許してくれたってことだろ」と笑う。そのあとで、ふっと瞳が緩められた。
 そんなに優しい眼差しを向けられたら、過去に引きずられてしまいそうになる。
 衣梨奈は、婚活でもしようと意気込んでいた数時間前のことを思い出し、必死に優大の態度を意識しないようにしていた。
「それにしても……ハイペースで飲んでたからてっきり結構飲めるようになったのかと思ってたら、いきなり寝るんだもんな。あんまり強くないところは昔と変わってないな」
 けれど、彼は懐かしげに微笑み、あの頃と似たような眼差しを衣梨奈に向けてくる。
「……っ、あの……! 私、そろそろ帰るね」
「え?」
 まさか、このまま優大と朝まで過ごすわけにはいかない。どこかの店ならまだしも、ホテルで元カレと一夜を共にするなんて、衣梨奈には考えられなかった。
 平静を装いながらベッドから足を下ろし、グッと力を込める。ところが、立ち上がろうとした身体はぐらりとバランスを崩し、視界が床に落ちた。
「きゃっ……」
 グレーカラーのタイルカーペットに倒れ込む刹那、衣梨奈の身体が抱き留められる。
 力強さを感じさせる逞しい腕が細い腰を掴み、まるで軽い荷物を持っているかのような素振りで受け止められていた。
「バカ。まだ酒が抜けてないのに、いきなり立つなよ」
 危ないだろ、とたしなめる声は落ち着いているのに心配の色も孕んでいる。
「ご、ごめんね……」
 数年ぶりに優大と再会したのだから、もっと落ち着いたところを見せたかったのに……。かっこいい女性らしく振る舞うどころか、醜態ばかりさらしてしまっている。
 こんなはずじゃなかった……と考える思考はまだ鈍く、珍しく飲み過ぎたせいで情緒不安定な感じもあり、恥ずかしさと情けなさで泣きそうになった。
(もう、やだ……)
 新調したドレスも、気合いを入れたメイクも、自身の言動ですべて台無しだ。そう感じた衣梨奈は、外見と内面がちぐはぐな自分自身に幻滅すらした。
「あっ……! ごめんね……!」
 動揺と困惑に包まれていた衣梨奈はハッとし、慌てて優大の胸元をやんわりと押す。すると、離れるはずだった身体が近づき、あっという間に彼の腕の中に閉じ込められてしまった。
 優しく、けれどしっかりと衣梨奈を抱きしめる腕は、そこに確かな意思があることを感じさせる。偶然でもハプニングでもない優大の行動に、衣梨奈は動揺を隠せなかった。
(な、なんで……? 私、離れようとしたよね……?)
 酔っているせいで、自分の思考と行動がおかしいのかと考えてしまう。一方で、衣梨奈の身体を抱きすくめる彼の腕には、次第に力がこもっていく。
「ゆ、優大? あの……どうしたの?」
 発した声は思いのほか小さく、緊張をあらわにするかのごとく弱々しかった。纏おうとした平静はどこかに消え、衣梨奈の鼓動がドクドクと跳ね回っている。
「……やっぱり、このまま帰したくない」
 静かに零された声音が、ふたりきりの部屋の中をゆっくりと落ちていく。その言葉に込められた意味を、衣梨奈はすぐに読み解けなかった。
 混乱する思考を整理する間に、優大は衣梨奈の身体をベッドの淵に押し戻すようにして腰掛けさせたかと思うと、抵抗する暇も与えずに押し倒した。
「衣梨奈は……? 本当にこのまま帰るつもりだった?」
 真っ直ぐな双眸が、衣梨奈を見下ろす。怖いくらいに真剣な瞳から目を逸らすこともできず、衣梨奈は唐突に変わった彼の態度に困惑を隠せない。
「俺とここで別れて、今度こそ全部忘れるつもりだった?」
(忘れるって……そんなの……)
 忘れたことなんて、今日まで一度だってない。
 優大と過ごした日々が遠くなればなるほどに思い出はより切なさを増し、苦しさに襲われて彼のことを忘れたいと思っても、幸せだったときを忘れることなんてできなかった。
 もう優大への恋情はないはずなのに、後悔や罪悪感とともに眠っていた残滓が存在を主張してくる。まるで、彼への想いは消えていない、とでも言いたげに……。
 だからこそ、危うい空気に呑まれてしまうのは怖かった。
「優大……やめてよ。優大も酔ってる?」
 虚勢を纏う余裕もないままに、それでも必死に強がって見せる。
「はぐらかすなよ。俺は酔ってないし、ふざけてるつもりもないよ」
 衣梨奈に向けられた優大の視線に、冷気がこもる。そこから感じるのは、彼の言葉が真剣であるということ。
 一方で、衣梨奈は答えが出てこなかった。
 優大なら、新しい恋人がいてもおかしくはない。怖くて確認することはなかったが、彼だって衣梨奈と関係を戻そうと思っているわけではないだろう。
 なにより、たとえ何度も抱かれた相手であっても、衣梨奈は恋人でもない男性と身体を重ねる気はなかった。
 それなのに、心はかき乱され、ドクドクと暴れる心臓は一向に落ち着きそうにない。
 早くこの空気をどうにかしたいのに、身じろぎも視線を逸らすこともできなかった。
 意識していなければ呼吸すら止めてしまいそうなほど動揺している衣梨奈には、ただ真剣過ぎる瞳を受け止めるだけで精一杯だった。

「さっきの質問に答える気はない?」
 沈黙を守るかのような衣梨奈に、程なくして優大がたしなめるような声音を零した。どこか苛立ちを覗かせ、それでいてほんの少しの切なさを孕ませたように。
 そこでようやく、彼が怒っているのだと気づく。
 優大に許してもらえた気でいた。
 けれど、逆の立場で考えてみれば、あんな謝罪だけで許せるとは思えない。
 もしかしたら本気で許してくれるつもりでいたのかもしれないが、度重なる衣梨奈の失態に呆れて、そんな気持ちが失せたのかもしれない。
 真っ直ぐな彼の瞳は、変わっていないようでいてなにかが違う。懐かしさとともに込み上げるものの正体がわからないまま、衣梨奈は胸が締めつけられる感覚に戸惑った。
「言いたくないならそれでもいい。……身体に訊くから」
 なにかとんでもない言葉が吐き出された気がする。
 そう思ったときには、優大の手が衣梨奈の頬に添えられていた。
 鼓動が、大きく跳ね上がる。あの頃と変わらない反応を見せる心は、まるでパブロフの犬のように従順に彼に囚われていく。
 なにかひとつ拒絶の言葉を返せば、優しい優大ならきっと無理強いなんてしない。
 それをわかっているはずなのに、衣梨奈は結んだままの唇を解けない。口を開けば、喉の奥の熱が零れ出してしまいそうで怖かった。
「無言はYESと捉えるけど」
 彼は焦れたように眉を寄せ、静かに言い放った。落ち着いた口調に孕まれた強さは、逃がさないとでも言っているようだった。
 優大が口元だけで笑みを浮かべ、トクンと音を立てた衣梨奈の鼓動が騒ぎ出す。つい、目を伏せてしまった。
 刹那、頬に添えられていた彼の骨張った手がするりと滑り、衣梨奈の顎をそっと押し上げた。それは、あの頃と同じ、優しさを携えた少しだけ強引な手つきだった。
 長いまつげが影を落とした優大の顔が、そっと近づいてくる。
 呼吸すらも忘れた衣梨奈は、ずっと忘れられなかった元カレの瞳に吸い込まれてしまいそうで、思わず瞼をギュッと閉じた。
 そのまま唇に柔らかな温もりが触れ、懐かしい感触に胸が詰まった。
 優しく労わるようなくちづけに泣きたくなったのは、過去に積み重ねた優大との思い出が鮮明に蘇ってきたから。
 五年以上も前に別れた彼とのキスなんて、もう忘れたはずだった。けれど、身体はその体温や感触を覚えていた。呆れてしまうくらい、鮮明に……。
 拒絶するには幸せな記憶があまりにも多過ぎて、身体は逃げ方を知らないとでも言うかのように静止してしまった。
 たった一度のキスで、理性が堕ちていく。
 揺れ続けていた心が戦慄き、胸の奥がきゅうっと締めつけられる。
 逃げ場を失った言い訳を探しながら、優大の唇を受け入れて。衣梨奈は、大きな戸惑いの中で、過去に覚えた幸福感に包まれていた。
「衣梨奈」
 甘い声で、名前を呼ばれて。
「ほら、口開けて?」
 甘やかすような囁きが、耳朶に触れて。
 おずおずと言われた通りにしてみれば、彼が「いい子だ」とふわりと微笑んだ。
 アルコールのせいで酩酊感を抱いていた脳が、宙に浮いたようにクラリと揺れる。心が搦め捕られたと気づいたときには、もう後戻りできないと理解できていた。
 自ら開いた唇の隙間から、優大の舌が入ってくる。そのまま熱い塊が衣梨奈の舌を探り、数秒も経たずに難なく捕まえられ、ゆっくりと纏わりついてきた。
 ねっとりと、けれど微かな優しさを感じるような、湿ったキス。
 艶を纏った呼吸はどちらのものかわからず、拒絶の言葉は相変わらず衣梨奈の頭の中にあるのに、漏れ出るのは甘えたような吐息だけ。
 互いの呼気に混じったアルコールの匂いが、唾液とともにゆっくりと混ざり合う。
 ベッドの上に放り出したままだった手に、節くれだった指が絡められていく。ギュッと握られれば、優大と愛し合っていた頃の情事のようで切なさが胸を突き上げた。
 拒絶しなければいけないのに、心は揺さぶられ、身体は甘い熱に震え始めていた。
 彼が衣梨奈の太ももをそっとなぞり、ゆったりとした動きで撫で回していく。裾が開けたドレスは、まるで骨張った手を歓迎するかのようだった。
 衣梨奈はされるがまま、優大に身を委ねていた。
「抵抗、しないんだな? もしかして、こうされることを望んでた?」
「そういうわけじゃ……」
「ああ……俺がなにもしないとでも思ってた? 言っておくけど、答えないならこの先もするよ?」
 眇めた彼の目が、衣梨奈を射抜く。熱に侵されたような眼差しは、心ごと捕らえて放してはくれない。
 こうなって改めて、嫌というほどに思い知らされた。ずっと前に進めないままでいたのは衣梨奈だけで、優大は簡単にこんなことができてしまうんだ、と。
 別れを告げたのは衣梨奈だったが、いつまでも胸の奥で燻ぶっていた彼への後悔が哀れに思えてしまう。やるせなさに唇を噛みしめたとき、意地っ張りな性格が顔を出し、衣梨奈の口元から自嘲の笑みが漏れていた。
「別に……こういうことは、初めてじゃないし……」
 優大には、もう何度も抱かれた。それこそ、数え切れないほど抱き合った。
 ただ、それが五年以上も前の話――というだけのこと。
 こんなことになってしまったのなら、いっそ酔いに任せて最後に一度だけ彼に抱かれれば、自分の中に残っている一縷の未練を断ち切れるかもしれない。
 衣梨奈を見下ろしていた優大の瞳に、陰りが落ちる。その表情の意味を理解できずにいると、彼が口元だけで冷たく笑った。
「じゃあ、いいよな?」
「んぅっ……!」
 〝いい〟わけがない。
 けれど、答える間も与えられずに唇を奪われ、舌をきつく搦め捕られてしまう。激しいキスは呼吸すら奪っていくようで、繋がれたままの手に力がこもる。
(どうして……優大はこんなこと……)
 答えは優大の中にしかないとわかっているが、脳裏にはそんなことが浮かんだ。
 衣梨奈自身に思い当たるのは、身勝手な振る舞いで彼を傷つけた衣梨奈への復讐――ということくらいだ。
 性欲の捌け口が欲しいのなら、優大ならきっと適当に見繕ってしまえるだろう。衣梨奈の知る彼ならそんなことをしないが、五年も経てば変わっていてもおかしくはない。
 ただ、そうであってもわざわざ衣梨奈を選ぶ必要はなく、優大の言動から推察するのなら〝衣梨奈に対して怒っている彼からの復讐〟という方が合点がいく。
「……ッ」
 衣梨奈の太ももに置かれたままだった手が再びうごめき、ストッキング越しの肌を性急に撫でた。
 絡んでいた指が解け、優大の右手が衣梨奈の胸を優しく掴む。
 どこか荒々しいくちづけとは裏腹に、豊満な双丘は愛でるように触れられて。衣梨奈の弱いところを探るようにしながら、熱を注ぎこもうとしてくる。
 左手が背中に回されると、一気にファスナーが下ろされた。そのまま両手でドレスを剥がれ、衣梨奈の上半身があらわになる。
 再び伸びてきた右手に淡いパープルのブラに包まれた乳房が形を変え、骨張った左手で髪が解かれた。
 敏感な先端を見つけてこする悪戯な右手の指に反し、左手はヘアピンを一本ずつ外して、ベッドサイドのテーブルに置かれたヘアアクセの傍に並べていく。強引なのか優しいのかわからない彼の行動に、衣梨奈はますます困惑してしまった。
「ゆっ……んぅ……」
 衣梨奈が口を開けば、優大がまるでそれを遮るように唇を塞いできた。
 今度は最初から忍び込んできた舌が、無遠慮に口内をまさぐってくる。逃げようとした舌はあっという間に捕らえられ、否応なく締めつけられた。
 唾液ごと絡み合わせるようなキスは、息つく暇も与えてはくれない。
 その間に内ももに滑り込んだ指は、衣梨奈をからかうように肌を甘く引っ掻く。長く骨張った指がうごめくと、衣梨奈は下肢にもどかしさを覚えさせられた。
「……っ、優大……。こんなこと、やっぱり……」
 口では否定する素振りを見せながらも、身体は堕ちていく。
 昔抱いていた青い恋心が、衣梨奈に拒ませないと言わんばかりに顔を出し、楽しかった思い出ばかりが脳裏をかすめた。
 もう、拒めない。そう思ったときには、無意識のうちに込めていた下肢の力が抜けた。
「大人しく俺に抱かれる気になった?」
 最初から、抵抗する隙なんてなかった。優大は強引じゃなかったが、彼の瞳は怖いくらいに真っ直ぐで、衣梨奈を逃がす気がなかったのは明白だ。
「これで、優大の気が晴れるなら……いいよ」
 衣梨奈にとって、恋人でもない相手に身体を差し出すなんてありえないこと。それで過去に大切な人を傷つけた罪が軽くなるとは思えないが、贖罪のつもりで覚悟を決めた。
「……そうかよ」
 眉根をグッと寄せた優大は、まるで苦虫を噛み潰したような面持ちになった。
(どうして? 優大は、私に怒ってるからこんなことしようとしてるんだよね……? でも、なんだか……)
 彼の瞳が、悲しげに見える。衣梨奈の思考が働いていないせいかもしれないが、傷ついた顔を向けられた気がして胸が痛くなった。
「だったら、遠慮しない。……衣梨奈なんて俺に傷つけられて、俺のことをずっと忘れられなくなればいい」
 ひどい言葉とは裏腹に、その声は嘆いているように聞こえた。
「あっ……!」
 しかし、真意を確かめる術はないままに突起を摘まみ上げられ、身体がビクンッと跳ねる。
 直後、ストッキングを引っ張られ、容赦なく引き裂かれてしまった。慌てて自らの下半身を見れば、破かれたストッキングは無残な姿で衣梨奈の脚を覆っていた。
 器用にブラも奪われ、五年ぶりに異性の前で上半身をさらした。肌に刺さる視線がやけに鋭く、痛いくらいに見つめられている。まるで、視姦されている気分だった。
 衣梨奈の意思に反して、呼吸が乱れていく。拍動も大きくなるばかりで、乱暴にされているのに身体は素直に反応してしまう。
 信じがたいと思う反面、ジクジクとした疼きが芽生えていた。
「衣梨奈は、舐められるのが好きだったよな」
 嘲笑うような声が、鼓膜を揺さぶる。揶揄されているようで、衣梨奈は羞恥でいっぱいになった。
 端正な顔が近づいてくると、芯を持ち始めた花粒を一気に舐め上げられて。
「あぁっ」
 甘ったるい啼き声が、部屋中に響いた。
 優大は、右側の飾りを舌で嬲り、もう片方の尖りを指の腹を合わせるようにこすった。
 異なる快感は、やがて大きな喜悦へと変貌していく。贖罪なら感じるわけにはいかないのに、久しい愛撫に下肢は戦慄いた。
「こっちも、そろそろ寂しくなってきた?」
 下半身に伸ばされた手が、ショーツの淵をたどるように内ももを行き来する。もどかしい感覚に息を潜めるようにし、衣梨奈は膝をこすり合わせた。
 射抜かれてしまいそうなほどの視線が怖くて、つい瞳を逸らしてしまう。
 直後、ショーツの淵から節くれだった指が侵入し、ぴたりと合わさっていた襞を撫でた。
 隙間を探すようにうごめく指先が、一瞬で秘孔を探り当ててくる。くちゅっ……と響いた水音に、衣梨奈の頬が一気に熱を帯びた。
「ははっ、もう濡れてる。昔は濡れにくかったのに、俺が知らない間に敏感になったんだな」
 自覚したのと同時に指摘され、羞恥で涙が滲んだ。淫乱だ、と嗤われた気がして、唇が震えてしまう。
(違う……。だって、これは……久しぶりだからで……)
 優大と別れてからの五年間、誰にも抱かれたことはない。ましてや、物心がついてからの人生ですべてを見せたのも触らせたのも、彼以外にいない。 
 けれど、優大に誤解された気がして、心がズキズキと痛んだ。
「俺と別れてから何人に抱かれた?」
 温度のない双眸に、身が竦みそうになる。優しい優大しか知らなかった衣梨奈には、彼の表情もその言葉もショックだった。
 どうして、許してもらえたなんて思ったのだろう。どんどん冷たくなっていく優大の態度に、勘違いも甚だしい……と言われているようだった。
「言いたくない? それとも、わからないくらい抱かれた?」
 言葉を発さない衣梨奈に、彼の声音がいっそう低くなった。
 それなのに、衣梨奈を見つめる瞳が揺れているように見えるなんて……。いったい、ジウでどれだけ飲んでしまったんだろう。
 誤解されたままでいいと思ったわけじゃない。ただ、こうなってしまった以上、もう友達にも戻れるはずがない。
 だったら、最後に悪女を演じてでも、優大の怒りを少しでも和らげたかった。
 だいたい、ずっと彼とのことが心で燻ぶっていたせいで誰とも付き合えなかった――なんて、身勝手なことをした衣梨奈には言う資格はない。
「そんなこと……今はどうでもいいじゃない」
 精一杯の強がりで笑って、本音ごとすべてを隠してしまう。それができたかどうかはわからないが、少なくとも優大は疑ってはいないみたいだった。
「昔は、そんな言い方しなかったな」
「優大だって、昔はこんなに強引じゃなかったよ」
 なんて滑稽なやり取りだろう。こんなもの、お互いの傷を抉る悲しい言葉の応酬だ。
「……そうだな。変わったのは、お互い様ってことか」
 一度瞼を閉じた彼が、力ない笑みを浮かべる。
「どうせなら、あの頃よりも乱れてよ」
 そして、眇めた目で衣梨奈を見下ろし、淫靡な囁きを落とした。

 静かな部屋で仕切り直すように、優大が衣梨奈のドレスを抜き取り、ストッキングとショーツも剥いだ。衣梨奈の身体を包んでいた衣服が、ベッドの下に落とされていく。
 全裸で大きく両脚を開かれると目を覆いたくなったが、優大は衣梨奈の腰の下に枕を置き、お尻を高く上げさせた。さらに視線を背けたくなるような光景が、互いの眼前に広がる。
「優大……こんな格好、やだ……!」
「今さら恥ずかしがるなよ。どうせ初めてじゃなんだから、別にいいだろ。普段通りにしてろよ」
「ひぁっ……!」
 なにか大きな誤解が生じている気がしたが、彼の指先があわいの上の部分をかすめた。
 まだ息づいていない、小さな蕾。そこに照準を定めたらしい優大が、薄い茂みの奥に潜んでいた秘芽に指を押し当て、クリクリと弄び始めた。
 敏感な突起は、鋭利な感覚を受け取って目覚め、包皮から少しずつ顔を覗かせる。
 白くしなやかな腰が跳ねるたびに彼の口元が持ち上がっていき、ビクビクと震える衣梨奈を満足げな眼差しが見下ろしていた。
「ぁ……ッ、ん、あぁっ……」
 衣梨奈の口からは嬌声が漏れ、甘い吐息とともに飛び散っていく。それは次第に甲高くなり、快楽の淵に近づいていることを語った。
 節くれだった指が可憐な蜜粒を撫でてはこすり上げ、ときおりピンッ……と弾かれて。かと思えば、触れるか触れないかという位置で優しくくすぐってくる。
「ふっ、ぁ……あんっ」
 衣梨奈の身体は甘い愛撫を悦んで受け入れ、秘孔からは淫蜜が垂れている。
 じっくりと可愛がられ続けた花芽は、すっかり芯を持ってパンパンに膨らみ、今にも弾けてしまいそうだった。
「そろそろ、かな」
 ひとりごちた優大が、いっそう唇の端を上げる。
 淫蕩混じりの意地悪な表情に、胸がきゅうっと戦慄いた直後。
「ひっ……! アッ……はぁっ、んんっ!」
 彼の指の腹が、敏感になり過ぎた尖りを無遠慮に捏ね回した。
「――ッ、ああぁぁぁっ……!」
 極めつけに姫核を押し潰すようにグリグリと嬲られ、衣梨奈はとうとう自身の体内に蓄積した愉悦を受け止め切れず、背中を弓なりにしながら果てた。
 肩で息をする衣梨奈に、優大の瞳が満悦そうに弧を描いた。わずかな痺れに覆われたままの身体から力が抜け、思わず瞼を閉じてしまう。
 次の瞬間、長い指が秘裂を割り開くようにしていたずらに動き、隘路に侵入してきた。
 声にならない声が、宙を舞う。
 たった一本の指なのに、わずかに引き攣るような感じがした。
「……狭いな」
 どこか不思議そうな声音が落とされ、彼は衣梨奈の内側の様子を探るように指を動かしていく。痛みはなかったが、初めてのときのように身を強張らせてしまった。
「衣梨奈、力を抜けよ?」
 衣梨奈を安心させるためか、優大の口調は小さな子どもに向けるように優しくなった。実際にはあらぬところを触られているのだが、それでも幾分かの安堵を抱かせてくれる。
 柔襞をこする彼の指は、言葉通りゆっくりと蜜壺を捏ねていく。次第に柔らかくなっていくのを自覚すると、「もう一本いけそうだな」と囁かれた。
「あっ……」
 最初の一本に沿えるようにして、指が追加される。入り口から解すようにしながらも、手前から中間あたりで轟いていたさきほどとは違ってさらに深く挿入された。
 二本の指が柔壁をかき分け、容赦なく奥を目指した。
 バラバラにうごめく彼の指が肉襞を撫でつけ、優しく引っ掻いてくる。久しぶりの感覚に息を詰める衣梨奈に反し、身体は彼の指を歓待するように食い締めていた。
 襲いくる悦楽の波に、逆らえない。けれど、これほどの激しい刺激を受けながらも、なにかが足りない。
 そう気づいたとき、優大が「ああ……」と独り言のように零した。
「衣梨奈は、ナカよりこっちの方がいいんだったよな?」
「はぁんっ!」
 姫襞をいじくる指はそのままに、艶のある淫芽が潰される。
 イヤイヤと首を振ると、彼は衣梨奈をたしなめるように左手で顎を掬い、がっちりと固定して目を眇めた。鋭い双眸に射抜かれ、衣梨奈は喜悦に震えながら息を呑む。
「俺を見たままイけよ」
 意地悪な命令が耳を突いた直後、優大の指が衣梨奈のお腹側を押すようにしながら引っ掻き、蜜粒をグリグリと捏ね回した。
 抽挿を受ける姫洞からは蜜が絶えず零れ、彼の愛撫を手助けする。
 最初は異物を拒むようだった内襞は、いつの間にか三本目の指をおいしそうに飲み込み、きゅうきゅうと轟いていた。
 過激な刺激を受け続けている花芽は、痛いくらいに勃ち上がり真っ赤に腫れている。それなのに、肉壁への刺激も容赦なく与えられ、おかしくなってしまいそうだった。
 従順に優大を見つめる瞳からは涙がとめどなく零れ落ち、二度目の限界を察した刹那。
「あぅっ――」
 蜜路に指を押し込まれたまま、小さな真珠をグリッ……と潰された。
「んぁっ、アァッ! ッ……ぁ、やぁ、あぁぁぁっ――」
 無理やり高みに押し上げられ、為す術もなく叩き落される。
 視界は涙で歪み、じんじんと痺れていた四肢が大きく戦慄いた。蜜口からは体液が飛び散り、シーツを汚した。
「ははっ……またイったな」
 意地悪な笑みに、衣梨奈の胸が高鳴ってしまう。揶揄されているだけなのに、向けられる視線にドキドキさせられた。
 重怠い体を持て余していると、優大がバスローブの紐を解き、前を寛がせた。彼の両脚の中心にある欲望は、天を仰ぐように大きく反り立っている。
 バスローブを脱いだ優大の全身があらわになると、衣梨奈は直視できないほどの羞恥を抱いた。しかし、彼が屹立にコンドームを纏わせる間、ついチラチラと盗み見てしまった。
 軽く盛り上がった胸元に、逞しい上腕。割れた腹筋は綺麗なシックスパックで、一朝一夕で作られた体躯じゃないだろう。
(今も、鍛えてるんだ……)
 優大の裸を見るのは、初めてじゃない。ただ、あの頃よりもますます雄臭い身体つきになった彼の姿は、今の衣梨奈の目には毒にも等しかった。
 準備を終えた彼が、衣梨奈の身体を跨ぎ、おもむろに覆い被さってきた。つらくないように気遣われていることがわかる重みに、懐かしさで胸がいっぱいになる。
 熱と劣情を孕んだ雄の眼差しに鼓動が高鳴り、興奮混じりの吐息が漏れた。
 太ももに雄芯が触れたかと思うと、割り開かれた両脚を持ち上げられて、淫裂にグッとあてがわれた。硬く逞しい感覚に、期待混じりのため息が零れる。
 ゆるりと腰を動かされると、グチュッ……と淫靡な水音が響いた。下肢をこすり合わせるようにされ、彼の切っ先で敏感な蕾を撫でられる。
 たったそれだけのことで蜜壺が震え、この先の愉悦を想像した身体が勝手に揺らめいた。
「どうしようか」
「え……?」
「やっぱりやめる? 今ならやめてあげられるけど」
 熱い息を吐きながら、優大が意地悪く笑う。
 なんてひどいことを言うんだろう。ここまでしておいて、今さらこの熱をどうやって冷ませというのか……。最後まで強引にしてくれないことが、歯がゆかった。
「やめないで……」
 か細く震える声が、彼の耳に届く。わずかに残っていた理性はまるで役に立たず、衣梨奈の本能が本心を吐き出させた。
 優大の瞳が曇り、程なくしてふっと笑みが零される。
「そういうセリフ、昔は言ってくれなかったな」
 自嘲めいた口調と表情の意味を理解できなかったが、考える暇はなかった。

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